■2日目(Ciudad de Mexico D.F.〜テオティワカン)
(28 AVRIL 2012)
(この日の写真は、デジカメをなくしたために、残念ながらほとんどありません・・・)
メキシコシティの北部バスターミナルに戻ってきたのは、14:00くらいだったか。まだお昼も食べてなかったし、朝も例のプレッツェルだけだったので、何かお腹に入れようかとも思ったが、それほどお腹が空いてなかったので、セントロまで行ってから何か食べようと思い、そのままメトロに。今日はこの後、メキシコシティの街を散策しようと思っていたので、いろいろなコースが考えられたが、バスターミナルが北部のほうにあることもあって、セントロのやや北のほうにある「トラテロルコ広場」に行き、そこから歩いて南下し、中心部のソカロのほうまで行こうというプランだった。
朝の行きとは全く違って、超込み込みのメトロを乗り継ぎ、トラテロルコ広場に比較的近い「Garibaldi」という駅で降りたのだが、出た場所がさっぱりわからない。昨日の「Insurgentes」もそうだったが、どうもメキシコシティのメトロは、出たところの場所がわかりづらいようだ。これがヨーロッパの街だったら、円上に広がる広場が一望でき、そこから放射状に伸びる通りの名前が道の角に掲げてあるのでだいたいわかるのだが、メヒコの広場はぐるっと見渡せないことが多いみたいで、メトロの出口を間違うと、本当にどこに出たのかわからない。道の名前も書いてあるにはあるのだが、あったりなかったりだし、そもそも僕が知りたい大通りがなぜか見当たらなかったりする。仕方がないので、当たりをつけて歩いてみるが、どうも違う気がする。なんかいきなり商店街のような問屋街のような雑然としたところに出てしまった。そんなこんなでうろうろしたあげく、ようやく「Reforma」(目指す大通りの名前)という案内を見つけ、そちらのほうへ向かって歩くが、その「Reforma」に出てからも、どうも自分の現在位置がわからないし、どんどん人通りは少なくなってくるしで、何となくどんどん間違った方向へ進んでいるような気になってくる。こういうことは、道にほとんど迷わない僕としては珍しく、ちょっと焦る。あるところまで行ってから、おそらくこれはまずいと思い始め、来た道を引き返すことに。地下鉄の駅を降りてからすでに1時間近くが経過しており、さすがにこれはおかしいと思い始めたのだ。しかも暑いし、喉も渇いてきた、ここメキシコシティは、高地で、しかも大気汚染が深刻なので、やたらと喉が渇く。メキシコシティに着いて早々、少しトラブっていた。
でもまあ、神様はそれほど僕を見放さなかったようで、戻ってきた道を帰る途中で、目指すトラテロルコ広場に通じる道を発見。つまり、道を行き過ぎていたのだ。ようやく安心して、トラテロルコ広場へ向かうが、喉の渇きがどうにも我慢できなくなり、その辺の普通の団地の中にある小さな商店を見つけ、そこで飲み物を買った。こんなところまさか観光客なんか来ないので、大丈夫かなと思ったが、普通に買えた。スペイン語少しはやっててよかった~。
トラテロルコ広場は、その昔テノチティトランと呼ばれていたアステカの都市の遺跡の上に、キリスト教の教会を建て、さらにその周辺に巨大な高層団地が建ったという、メキシコの歴史をそのまま凝縮したような場所で、そのため「三文化広場」とも呼ばれている。あと、ラテ研でお世話になっている伊高先生が、若い頃にメキシコで取材をしていた頃に、この地でデモがあり、それを弾圧しようとした軍隊によって流血の大惨事になったという逸話も聞いていた。先生もそのとき、命の危険を感じたくらいで、そんな場所がどんなところなのか見てみたかったというのもある。まあそれほど何があるわけでもないが、ちょっと見ておきたかった場所だったのだ。
トラテロルコ広場を見たあとは、いよいよセントロに向けて歩き出す。まずは先ほど迷い始めたGaribaldiの駅のある広場に向けて南下。しかし、メヒコでガリバルディというイタリアの英雄の名をつけた場所があるとは。もしかして別人なのかな。そんなことを思いつつ、先ほどの広場に着くと、先ほど出た出口が逆方面だったことに気づく。もう一つの出口から出ていればわずか10分程度で着いたのに、なんたることか。まあこれも旅の醍醐味か。さらに、そこから道を下って南下する。ここまで来ると、前方に中南米一高いといわれる「ラテンアメリカタワー」が視界に入ってくるので迷いようがない。さらに道をたどっていくと、何やら軍隊の制服のようなカッコをした人が増えてきた。しかも、何やら楽器を持っている。何かの軍楽隊かと思っているうちに、どんどんそういう人が増えていく。しかも何種類も。そうか、これはマリアッチの楽団なのか。そういえば、この「ガリバルディ広場」というところは、毎晩、マリアッチの演奏が繰り広げられる別名「マリアッチ広場」であった。そのときの時刻はまだ16:00くらいだったが、ガリバルディ広場の周辺にはすでに多くのマリアッチの楽団メンバーが集結してきており、やがて始まるであろう夜のフィエスタに向けて軽くタコスでもつまんで腹を満たしている状態だったのだ。マリアッチにも興味はあったが、まだ演奏が始まるまでには時間があったし、それよりも何よりも、僕はまだメキシコシティの中心部「ソカロ」にすら行っていないのだ。若干後ろ髪引かれる思いのまま、僕はその場を後にして、セントロへと足を速めた。
ガリバルディ広場を後にして10分くらい歩くと、右側に大きな建物が見えてきた。メキシコ一の劇場、イダルゴ劇場とバジャス・アルデス宮殿だ。ちょうどそのバジャス・アルデス宮殿の周辺がメキシコシティ一の繁華街という感じになっていて、先ほどのラテンアメリカタワーがあったり、SEARSというデパートがあったりする。このあたりになると人も多く、この日は土曜日ということもあって、かなりの人出だ。ここからソカロに行くには、どこかの通りを東に曲がればいいのだが、何とはなしに曲がってみたその通りが「Francisco L.Madero」という通りで、おそらくここがメキシコシティ一番のにぎやかな通りだったらしい。ストリートのあちこちでは、大道芸やら露天やら、さまざまなものが出ていて賑やか。歩く人も多くて、まるでお祭りだ。ブエノスアイレスでいえば「Florida」に当たる繁華街で、東京の渋谷とか新宿に匹敵するほどの賑わいだった。その通りを眺めつつ、ソカロに向かって歩いて行った。
ソカロに翻る巨大なメヒコの国旗。これはこれで威厳があるそうしてやってきたソカロは、なるほどここがメヒコの中心地なのだという雰囲気のある場所だった。ラテ研などで学んだことだが、メヒコの街の中心部というのは、だいたいどこも同じような構造をしている。街の中心部に四角い広場があり、その一面にカテドラルが、もう一面に市庁舎が、という構造だと聞いていたが、まさにこのソカロは、北にカテドラル、東に国立宮殿という作りになっており、いかにもメヒコの街の典型だった。ソカロの広場の中心には、巨大なメヒコ国旗が翻っており、いかにも国の中心部らしい威厳をたたえている。広場には、さまざまな人が集まっており、非常ににぎやか。見るべき場所は多いのだが、すでに時間も夕刻16:30ということもあって、国立宮殿や、アステカ時代の遺跡であるテンプロ・マヨールには入れずじまい。まあ、明日もあるので、今日は無理しなくてもいいか。
露天でにぎわう広場を抜け、ひとまずは広場の北側にあるメトロポリタン・カテドラルへ。ここは、メヒコすべてのカトリック教会の総本山だ。しかしながら、どうも僕には何となく威厳のようなものが希薄に思える。というのも、僕は以前にイタリアに1年暮らしていて、あまりにも多くの由緒ある教会を見てきたせいで、どうもルネサンス期以降に作られた教会に対して、あまり威厳を感じなくなってしまっているのだ。あの国に暮らしていると、そのあたりの歴史感覚が麻痺してくる。なにせ、イタリアには紀元前とかいう遺跡がその辺にごろごろ転がっているのだから。下手したら、キリスト教ですら新しい文化に思えてくる。そう考えると、メヒコのような新大陸など、ほとんど歴史がないに等しい国でしかない。まあ、そう一刀両断してしまっても何もいいことはないのだが、僕はこの点に関しては完全に麻痺してしまっているようで、ほとんど何の感慨も覚えなかった。まあ、教会というのは本来祈る場であって、祈りを持たない僕のような異邦人が入っても、何の感慨も持たないのは当たり前のことではあるのだが。
教会を出た後は、ソカロを離れ、ホテルのあるソナ・ロッサ方面に向かって歩くことにする。ソナ・ロッサまでは軽く2~3kmくらいはあるのだが、僕にとってはこれくらいの距離は普通である。先ほどの「Francisco L.Madero」の1つ北にある「5 de Mayo」という通りを西に向かい、再びバジャス・アルデス宮殿の周辺へ向かう。「5 de Mayo」は、先ほどとは打って変わって静かな通りだ。1本しか道を隔てていないのに、こうも雰囲気が変わるというのもおもしろい。少し上品な感じの通りという具合だ。やがて、バジャス・アルデス宮殿を通過して、アラメダ公園(工事中)の脇を抜けて西へ向かう。アラメダ公園を抜けると、メキシコシティの中心を貫く「Reforma」という大通りに当たるが、それを抜けてさらにまっすぐ行くと、変わった形のモニュメントとなっている革命記念塔に行き着く。ひとまずそこまで足を進めて、写真などを撮る。メキシコシティの見どころはだいたいこんなところだ。少し無駄な時間も使ったりしたが、およそメキシコシティの街の雰囲気や距離感もわかったことだし、このままホテルへいったん帰ろうと、先ほどのReformaを西へと向かった。
事件はこのReformaで起こった。この通りはかなり大きなAvenidaで、ブエノスアイレスでいえば「9 de Juiio」に当たる大通りだ。車の量も多いし、歩道も広くてきれいである。通り沿いには、世界的な大型ホテルチェーンも建っており、どう見ても非常に山の手的な治安のよさそうな場所だ。ホテルのあるソナ・ロッサまではもうあと10分も歩けば着くというところまできて、信号待ちをしている間に一応念のために地図を確認していたところ、後ろのほうから来た男性に時間を聞かれたので、スペイン語で教えてやった。普通ならそれで終わりなのだろうが、その人はこちらに興味があるのかやたら話しかけてくる。どこから来たのか?日本人か、ならばヨーコー・グシケンは知っているか?オレは昔ホテルで働いていたから、彼のことはよく知っている。強いボクサーだったなどなど。で、なぜか執拗にどこのホテルに泊まっているのかを聞いてくる。一瞬思い出せなかったので、ちょっと忘れたとか言っても、しつこく聞いてくる。道を教えてやるとかなんとか言っている。ホテルの名を思い出したので言うと、それならこっちが近いとか何とかいう。僕の考えでは、逆のほうが近いと思うのだが、いや、こっちだと譲らない。まあいい、じゃあそっちに行ってみる。じゃあね。と歩き出すと、「Good luck! Amigo」とか何とか言いながら、その男性は離れていき、バスに乗り込んだ。僕はその人の行き先を目で追いつつも、絶対に方向が違うと思い、きびすを返して正しいと思う道を歩んでいった。
そして、5分後くらい。やっぱり先ほどの男性の言っていたことは嘘で、僕が取った道でやはりソナ・ロッサにたどり着いた。ホテルの近くでちょっと写真を撮ろうと思って、カバンに入れておいたコンパクトデジカメを取り出そうと思ったが見つからない。いくら探しても出てこないのだ。そのとき、あっ!と思った。先ほどの男性、あれはスリだったのだと。確証はない。カバンの中に入れていて、手が入ったりすればすぐに気がつくと思うのだが、そういった感触も一切なかった。でも実際にデジカメはなくなっている。落としたのでなければ、絶対にアイツが怪しい。しかし、そうは思っても、すでに後の祭りだ。まんまと一杯食わされたのだ。僕はあのイタリアでもスリや泥棒に遭ったことは一度もない(正しく言えば一度だけあるが撃退した)。これまでの数々の海外旅行でもそんな経験は一度もなかった。それが今ここで起こったのだ(おそらく)。これはちょっとしたショックだった。しかし、もしこれがスリだとすると、相当なテクニックだ。僕も気をつけていなかったわけではないし、変な動きがあれば見逃すことはなかったと思うのだが、でもまったく気がつかないうちにやられていた。うーむ、さすがメヒコ。一筋縄ではいかないな、この国は。
ホテルに帰ってきてからも、しばらくはデジカメをスラれたことにショックを受けていた。しかもあのデジカメは、この旅行に先立って買ったばかりのデジカメだったのだ。それほど高いものではなかったが新品同様で、ほとんど使っていない。まあそれはいいとして、今日歩いた記録がほとんど消えてしまったのは痛い。幸い、コンデジのほかに、一眼レフも持ってきており、今日もテオティワカンでは要所要所で一眼レフで撮影したのでゼロではないが、行き帰りの道中、テオティワカンでのスナップ写真、メキシコシティの町歩きなどが、コンデジに収められていたのだ。どちらかと言えばそちらのほうがショックだった。今日はサングラスを紛失したことに続き、デジカメまでなくしてしまった。道にもよく迷ったし、何というかツキのない日だった。
しかし、こんなことで初日から落ち込んでいても仕方がない。まだ僕には一眼レフがあるし、もし必要ならコンデジを新たに買うという選択肢だってある。日本と違って、メヒコではデジカメは高そうだが、旅を無駄にしないためには、買ったほうがいい場合だってある。明日、できたら、デジカメを売ってそうな場所を探して、それほど高くなければ買ってしまおう。なくしたデジカメは仕方ない。いいように考えれば、まだ初日になくした分だけダメージは少なかったというべきか。しかも、中に入っていたメモリーカードも試しに入れていた2GBかそこらのもので、本命の8GBのカードは手つかずで残っている。そんなポジティブシンキングでひとまず心を落ち着かせた。
そういえば、今日はまだほとんど何も食べていなかったということに気づき、ホテルの近くにあったタコス屋に行ってみた。このタコス屋、何となく美味しそうな感じはしていたのだが、何しろ一般の外国人とかが入るような雰囲気ではなく、ちょっと入るのに度胸が入ったのだが、今日一日のいろいろあったことが大胆にさせたのか、えいっと入ってみた。とすると、何のことはなく、店員のお姉さんがメニューを持ってきてくれて、しかもご丁寧に英語のメニューも書いてある。と同時に紙を渡され、どうも食べたいメニューの必要な数だけ書き込んで注文するというシステムらしい。何となく日本の回転寿司みたいだ。昨日の夜、2品頼んでかなり多かったので、今日はタコスを1品だけにして、後はセルベッサを頼んだ。これだけで70ペソくらい。やたらに安い。まあこれで少なければ追加でオーダーすればいいわけだし、と思っていたが、出てきたタコスは、日本人だったら1人前くらいで十分な量。しかも、こちらへ来てから、どうもそれほど食欲がないようで、セルベッサと合わせてちょうどいい感じだった。しかも、ここのタコス屋は、タコスといっしょに、いわゆるサルサソースと、付け合わせの葉物も持ってきてくれて、これらは食べ放題。味も非常に美味しくてこれはこれで気に入ってしまった。このお店は当たりだ。僕が食べている間にも、大勢のお客さんが入ってきて、団体さんの座席が足りなくなったので、席を譲って移動してあげたくらい。人気なのもうなずける。
庶民的なタケリアで食べたタコス。ピリ辛のカルネがこれまた美味い! 付け合わせのサルサもbueno!こうして美味しいタコス屋で食事をすませ、半ば気を取り直した状態でホテルへ帰りバタンキュー。でも、ジェットラグのせいか、空気が薄いせいか、上手く寝付けず、夜中に何度も起きてしまう。せっかくメヒコまでやってきたというのに、いきなり出鼻をくじかれたような気がして、少しショックだったこともあったのかもしれない。でも、明日からまだまだメヒコの旅は続くのだ。