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Viaje en Perú -Dia 2 Lima~Cusco- (後半)

Viaje en Perú
Dia 2 Lima~Cusco
(27 Avril 2013)

予定の13:20に先ほどのパティオに集まる。僕の部屋は一階だったので、部屋を出ればすぐパティオだ。やはり、ほとんどの人は寝ていたようだが、元気な男子2名は昼食を取ったらしい。僕はそれほどお腹も空いてなかったので、昼食はパス。そのまま、ミニツアーに出ることにした。

ミニツアーは基本バスで移動する。僕らのツアー9名のほかに、日本人ツアー客が20名くらい参加していただろうか。結構大勢の日本人だけのツアー。これもなかなかのものだ。ガイドをするのは、先ほどの僕らのガイドさん。まずは、市内にある「コリカンチャ」という、クスコの昔の王宮跡(現在は博物館)を見学。その後、街の中心地「アルマス広場」(ペルーの中心地にはこのアルマス広場(軍隊広場)という名前がやたら多い)にあるカテドラルへ向かう。この2点間はバスで移動したし、それほど歩いたりはしていないのだが、やはり何となく空気が薄いのを感じる。少し息苦しいような感覚。僕は、中学の頃長距離をやってたりしたし、割と長い呼吸には慣れているのだが、意識的に長い呼吸をしないと、苦しくなってきそうな感じがある。気をつけながら呼吸をして、これらのスポットを見て回る。コリカンチャは、さすがクスコの宮殿だっただけあり、クスコの建物の特徴でもある紙一枚通さない石組みとか、台形に空けられた窓とか、インカの文明で大事にされてきた宗教的モチーフとかを、説明付きで見ることができ、なかなか勉強になった。裏庭から見たクスコの町並みとその背景の山々の風景も忘れられない。その後に訪れたカテドラルはそれほどでもなかったが、このアルマス広場では、また夜に来た際に、もっと感動的な風景と出会うことになる。

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市内観光はこの2か所で終わり、その後は郊外の遺跡へと向かうことに。僕らを乗せたバスはクスコの市街地からさらに坂を登っていき、「サクサイワマン」という要塞跡に。ここには、かなり巨大な石を使って作った遺跡があり、それもやはりインカならではのピッタリと組まれた建築術によって作られている。さらに、クスコの街はピューマの形をかたどって作られており、このサクサイワマンはその頭部に当たる場所にあるという説明も受けた。なかなか興味深い遺跡である。インカはなかなか謎というか、すごい文明だったと改めて思う。しかし、この遺跡、広く開けた場所にあるので、直射日光がこれまたすごい。すでに時間は16:00くらいになっていたと思うが、日差しは相当キツく、サングラスがないと、なかなか厳しい。さらに、空気が薄くて、歩くのもキツくなってくる。実際、この遺跡で具合が悪くなった女性が2名ほどおり、彼女たちはかわいそうにこのあと、バスから降りないまま、一日を終えることになる。

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遺跡には物売りの姿もある。昨年のメヒコでもそういう状況には慣れていたので、特にどうということはないのだが、ペルーの人達は、メヒコ人のように押し売り的な販売攻勢をかけてこない。何となくシャイなのだ。そういう姿を見ると、逆に何か買ってあげたくなる。あるおばさんの差し出したリャマのアクセサリー、1個100円(3ソル)くらいだというので、お土産用に3つほど買う。すると、そこにほかの売り子のおばさん達が集まってくる。わあー、だからもう買ったんだって、ごめんね! しかし、いっしょのツアーにいた男子などは、おばさん達がつれていたリャマといっしょに写真を撮ったりしていた。なんでもチップとして2ソル(60円くらい)を渡したという。どうもチップとしてはそれくらいが相場らしい。


再びミニバスに戻ってくると、2人ほど具合が悪そうな日本人の女性ツーリストがぐったりしていた。高山病であろう。僕だって少し無理をすると、クラクラきそうだ。それなりに体力には自信があるし、街道歩きウォーキングとかやってるので、すぐに息が上がることはないが、普通に体力のない若い日本人の女の子だと確かにキツいかもしれない。すぐにでも宿に帰って横になりたそうだが、彼女たちもツアー参加なので、外に出ないまでもツアーが終わるまではこうやって付き合わなければいけない。かわいそうに。

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その後、ミニバスは「サクサイワマン」からさらに山を登っていき、ケンコー、プカ・プカラ、タンボ・マチャイというインカの遺跡を見て回った。どれもそれほど大きな遺跡ではないので、遺跡としてはそれほどおもしろくはなかったが、素晴らしかったのは、すでに夕暮れ時を迎えていたクスコの山間の風景を高いところから見られたことだった。特にプカ・プカラから見た夕暮れのクスコ渓谷は、昼間のまばゆいばかりの太陽の光の下とは違って、また違った表情を見せるていた真っ赤に燃える山々。その眼前に広がるクスコの街。まだ、ペルーに来てから24時間も経っていないのに、僕はペルーに来てよかったなーと心底思い始めていた。

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最後のタンボ・マチャイを見終えた頃には、すでにあたりは暗くなっていた。ペルーも日は長いほうだが、山間のクスコあたりは夕暮れが早い。それでもすでに18時は回っていたと思うので、当たり前と言えば当たり前か。僕ら一行を乗せたミニバスは再びクスコの街へと坂を下っていき、30分くらいで街に到着した。さすがに昨日から寝不足だったので、帰りのバスではつい眠ってしまったが、気がついたらすでにクスコの中心部、アルマス広場だった。アルマス広場のあたりでは、ガイドさんが、この風景を見てください!と言う。見れば、盆地の底にあるクスコの街から、四方の山々に向かって登っていく街灯の灯りが、まるできらめく星のようではないか! 思わずそこにいた全員が「うわー、きれい!」と叫んでいた。本当にそれは、これまで見たことのないような夜景だった。クスコという街は奥が深い。昼間と夜ではまったく違った顔を見せる。先ほどの夕暮れも素晴らしかったが、今の夜景も素晴らしい。ああ、なんてステキな街なんだ、クスコ!

ホテル「ムナイワシイン」には19時前くらいに到着したと思う。でも、この日のプログラムはこれで終わりではない。このあと20:00から、先ほどのアルマス広場沿いのレストランで、フォルクローレショーを見ながらのディナーがセッティングされているのだ。こういうのもまさにツアーならではだが、一人ではなかなか行かないところなので、それはそれで楽しみでもある。あと、僕自身、フォルクローレが好きなので、単純に音楽を聴いてみたいという欲求もあった。部屋に戻り軽くシャワーなどを浴びてから、再びロビーに集合。迎えに来たミニバスでレストランまで送ってもらう。

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レストランに入ると、すでにショーは始まっており、僕らはステージの近くの結構いい席に通された。食事はビュッフェ形式になっていて、結構美味しそうな料理がたくさん用意されていたので、僕はお腹も空いていたし(昼抜きだったし)、結構がっついて盛ってきたのだが、ほかのメンバーを見ると、あまり食べないらしい、お酒もペルー名物ピスコサワーがサービスだったので、喜んで飲んでいたが、ほかの人はそれほど手をつけていない。聞いてみたら、どうも皆さん高山病が心配みたいだった。実際、メンバーのうちの男子1名は、ここに来る直前にホテルで酸素ボンベのお世話になっており、肉は食べるな(消化が悪いので)と言われていたらしく、ほんの少しばかりの野菜類で我慢していた。高山病予防には、食べ過ぎ・飲み過ぎはよくない(脳に行くべき血流が胃腸に行ってしまうため)とガイドブックにも書かれているし、ガイドさんも言っていた(初日は肉は控えた方がいいとか)ので、みんなその言いつけを守っているようだが、僕はすっかりそんなことは忘れていた。人生は楽しまねば。わはは。

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フォルクローレの演奏もなかなかよかった。この店はクスコでは有名なのか、お客さんも満員で、なかなか盛り上がっていた。料理も美味しかったし、一人だったら調子づいてワインとか頼んでたところだったけど、僕もさすがに飲み過ぎはまずいと思っていたので、炭酸水で我慢する。1時間くらいそうやってディナーを楽しんでから店を出る。21:00くらいにはお迎えのバスが来ることになっていた。ただ、店を出てもまだバスは来ていなかったので、僕は少し歩いて、アルマス広場の向かいにあるカテドラルのところまで行ってみた。先ほどバスの中から見た夜景を何とか写真に収めたかったのだ。カテドラルの入り口は少し高くなっている。そこに行って、アルマス広場とその背景に広がる山麓の街灯、そして月を写真に写す。本当に美しい光景だ。写真では本当は伝わらないのだが、何とか思い出に残そうと頑張って夜景を写真に収める。でも、本当に焼き付けておきたかったのは、自分の心にだ。暗い空に向かって延びていくようなオレンジの光の点。あそこにも、わびしいながらも人々のつつましやかな暮らしがある。そして、その光景を、地球の反対から来た東洋人である僕が見ている。なんだか不思議な感覚だが、ここクスコではそういう感傷も許される空気がある。すでに夜中だが、広場には危険な感じの雰囲気はみじんもない。みんなそれぞれに夜を楽しく過ごしている。クスコって、ペルーっていいところだなとしみじみ思う。アルゼンチンともメヒコともまた違った空気がここにはある。ラテンアメリカのひと口に言っても、本当にいろいろだ。

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やがてお迎えのミニバスが来て、僕らはホテルに戻った。しかし、今夜ものんびりは寝ていられない。明日はいよいよこのツアーの目玉であるマチュピチュに向けて旅立つわけだが、ホテルを出るのは何と朝の4:15! それまでに朝食を済ませてロビーに集合というわけなので、遅くとも3:30には起きなくてはいけない。すでに時刻は21:30を回っている。そもそも昨日から寝不足だし、高山病予防にもなるべく寝ておかなくては。当然のことながら、部屋に帰るとすぐに就寝。この日は本当に疲れた。すぐに眠りに落ちていった。
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# by cama-d | 2013-07-20 12:56 | Peru

Viaje en Perú -Dia 2 Lima~Cusco- (前半)

Viaje en Perú
Dia 2 Lima~Cusco
(27 Avril 2013)

結局寝たのか寝ないのかよくわからないうちに朝を迎えた。7:15までに朝食を取ってロビーに集合ということだったが、結局6時くらいには目が覚め(というか寝られず)、6:30くらいに朝食を取り、7時過ぎにはロビーに降りていった。前夜、一応全員6:00にモーニングコールをお願いしていたのだが、僕の部屋のモーニングコールが鳴ったのは6:15くらいだったか。聞けば、ほかの人はさらに遅かったりしたらしい。さすが南米である。

ロビーには、昨日のミゲル君ではなく、ホルヘ・正男君(確か)という若いガイドの子が来ていた。こちらの正男君だが、後で聞いた話では、一応ペルーと日本のハーフなのだが、大学卒業までは日本で育った完璧な日本人で、大学卒業後に異国であるペルーにお母さんといっしょにやってきたという経歴の持ち主である。つまり、大学卒業してから一生懸命スペイン語勉強したということで、実は僕らとあまり変わらない。まあでも頑張ってるので、陰ながら応援してます。

その正男君に引率され、一行はまた数時間前に乗ってきたミニバスに搭乗して空港へ向かう。10:00出発のクスコ行きの国内線フライトに乗らなくてはいけないので、9:00には空港に着いていたい。2時間弱というのはかなり安全策をとっての移動時間だと思うが、リマの渋滞を舐めてはいけないらしい。でも、この日は土曜日だったので、道路はそんなに混んでおらず、割とすんなり空港にたどり着いた。8:00過ぎくらいだったかと思う。

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バスを降りた僕らは、空港のカウンターへ向かう。正男君はガイドだが、航空券がないと空港のカウンターには入れない。ペルーはその辺の警備は厳しい。というわけで、僕らだけでカウンターに向かいチェックインすることになったわけだが、正男君はなぜか案内係のおばちゃんに「LAN」と言っている。つまり「LAN航空」ということだが、昨日の夜の説明でも、もらっているバウチャーでも、乗るのはPeruvian航空となっていたはず。でも、みんなそんなことはお構いなしというか、気にしてないのか、そのままおばちゃんに連れられて、LANのカウンターに向かおうとしている。これはまずいと思い、おばちゃんに、バウチャーを見せながら「No LAN. Esta es Peruvian.」(これ、LANじゃなくてPeruvianです)みたいなことを言ったら、「ああ、じゃあこっちよ」みたいな感じで、逆側に連れて行ってくれた。建物の外では、そんな僕らの様子を正男君がガラス越しに見ている。たぶん、状況がまったくわからないで、焦ってるんだろうな、かわいそうに。でも、これは正男君がちゃんと案内してくれなかったせいだから、仕方がない。

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まあそんなこんなで、僕らはPeruvianのカウンターに並び、一人ずつチェックインすることに。しかし、先に手続きしている男子が何やらコミュニケーションができずに困っている様子。仕方ないので僕がカウンターに行き、スペイン語でいろいろ仲立ちをしてやることに。どうも、この日の同じフライトに日本人が10数名予約しているらしく、僕らのグループの名前を全部聞きたかったらしい。まだこのときは、僕もグループの人達の名前なんて知らなかったが、ひとまず点呼して確認し、全員の名前を確認した。あと3人くらい日本人の名前が名簿にあったようだが、その人達は僕らのグループじゃない、ということを何度かやり合って、ようやく全員のチェックインが完了。皆さんチケットを受け取って、これでOK。係の人が「これで全員OK?」というので、OKだと思ったが、待てよ、僕はまだチケット受け取ってない。そのことを伝えると、「あー、君はもうちょっと待ってて。君はグループのリーダーだから、全員のクレームタグを発行するまで待っててよ。」というようなことを言う。はー、なんだか知らないけど、いろいろやりとりしているうちに、係員のお兄ちゃんから信頼されたのか? そういうわけで、僕だけ5分くらい待たされて、みんなの分のクレームタグをまとめて受け取り、チケットももらって、無事一件落着。なぜかいきなり添乗員みたくなってるんですけど!

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この一件以降、僕はツアーグループのみんなから「リーダー」と呼ばれることになる。なんか旅慣れてそうということと、スペイン語が話せるということで、あいつに付いていけば間違いない、というような暗黙の了解ができつつあった。チェックインカウンターの外では、先ほどの正男君がことの詳細を聞いたらしく、ほっとしたような顔をしている。実はもう9:00くらいになっていて、あまり時間の余裕はなかったのだが、昨晩お金を両替してなかった人達が現地通貨ソルに両替したいというので、少し待つことに。しかし、両替も結構時間がかかる。まあこれがツアーだ。待つしかない。

ようやく両替が済んで、搭乗ゲートへ向かう。日本の国内線ではペットボトル持ち込みNGだと思うが、ペルーは国内線はOKらしい。グループの何名かがそれを知りたかっていたので、係員に聞いてみると、大丈夫だという。しかし、国内線でもやっぱりセキュリティチェックを抜けるまでに長蛇の列。結構時間ギリギリだなーと思いつつ行列を待ち、搭乗ゲートにたどり着いたのはすでにフライトまであと30分というような時間だった。ひとまず、全員の搭乗を確認して(だから、俺は添乗員か?と)、クスコ行きの飛行機に乗り込む。もうこの頃までに流れでみんなを引率するような感じになってしまった。とほほ。。


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やがて、クスコ行きの飛行機はほぼ時間どおりに飛び立った。わずか1時間程度のフライトだったが、ちゃんとコーヒーとお菓子が出た。隣の席は同じツアーの人だったので、いろいろ旅に関するおしゃべりをしながらすごす。あっという間に着陸になり、アンデスの山間の小さな町が眼前に見えてきた。ここがクスコだ!

クスコという街は、標高3399mという高地にある。富士山の頂上近くの標高だ。これに対して、先ほどまでいたリマは海岸沿いの標高ほぼ0m地点である。これくらいの標高差を一気にジャンプアップしてくると、当然ながら飛行機を降りたときのギャップがすごいことになる。気をつけないと高山病になるので、飛行機からはとにかくゆっくり降りろとガイドのミゲル君や正男君にも言われてきた。そのことを反芻しながら、飛行機をゆっくり降りる。しばらく待って荷物を受け取り、外に出ると、ものすごく眩しい日差しが目を射る。そして、そのまばゆい光の奥には、青い山々が連なる。これがクスコの第一印象だ。すでに、僕以外のメンバーはみんな外に出ていて、現地のガイドと落ち合っていた。僕もそこに合流し、ガイドの先導のもと、ホテルへ向かうミニバスに乗車する。

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クスコの現地ガイドは、名前は忘れてしまったが、現地のインディオの風貌をした肌の浅黒い人だった。説明では英語ガイドと聞いていたが、この人も、たどたどしいながらも、ちゃんと理解できる日本語を話す。日系のミゲル君や正男君はともかく、おそらくまったく関係ない現地人であるこのガイドさんまで日本語が話せるなんて、ペルーって改めてすごいと思った。それだけ日本人が訪れるということなんだろう。おかげで、このツアーもかなり楽しいものに(特にほかのメンバーにとっては)なったと思う。

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ミニバスから眺めるクスコの街は、思っていたよりもずっとキレイで整っていた。山は近く、四方にそびえている。要は盆地のような土地だ。そして、富士山の頂上レベルの高地である。日差しはまぶしく、風景すべてがやたらクリアに見える。こういうところで写真を撮ったら、何でもかんでもキレイに写るはずだ。ガイドさんの簡単な説明を受けながら、バスは20分くらいでクスコの中心街に着き、やがて狭い道を抜けて、今夜泊まるホテル「ムナイワシイン」に着いた。

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「ムナイワシイン」は、非常にいい雰囲気のホテルだった。スペイン風のパティオがあり、各部屋はこのパティオに面するように出入り口や窓が作られている。パティオはガラスのサンルーフで仕切られ、陽の光が差し込んでくる。そこにはソファやテーブルが並んでいて、ちょっとくつろぐのに最適だった。到着して、チェックインをガイドさんがやってくれている間に、僕たちにはコカ茶がふるまわれた。コカの葉をお湯に浸しただけの簡単なお茶だが、意外に美味しい。コカの葉は高山病予防にも効くと効いていたので、みんな喜んでコカ茶を飲む。このホテルに限らず、ペルーでは、ホテルのロビーで自由にコカ茶を飲めるようになっているのだが、このサービスはなかなかありがたかった。

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やがて、各自に部屋のキーが渡され、この日のツアー内容が伝えられる。この日は、1~2時間の休憩の後、13:20に再びこのロビーに集合し、クスコ市内と周辺を巡るミニツアーに出かける予定だ。それまでは自由行動で、お昼ご飯も食べるならホテルのレストランなどで食べることができたが、ほとんどの人はそんなことより眠気が勝ってしまって、少し昼寝をしたいという気分だったろう。昨日もほとんど寝ていない。高山病予防のためにも、少し寝ておきたいというところだ。僕も少し寝たかった。部屋に入ると、ベッドに倒れ込んで少し眠った。

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(後半に続く)
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# by cama-d | 2013-07-16 23:30 | Peru

Viaje en Perú -Dia 1 Narita~Atlanta~Lima-

Viaje en Perú
Dia 1 Narita~Atlanta~Lima

(26 Avril 2013)

ペルーに行こう。そう本気で思ったのは、今年の3月に入ってからだった。でも、なぜ急にペルーへ行こうと思ったのか。

実は、僕にとって、ペルーという国はそれほど近い国ではなかった。元々ラテンアメリカが好きで、この4年間は立教大学のラテンアメリカ研究所に通い、いろいろなことを勉強してきた。その中で、自分で勝手に「修学旅行」と銘打ち、ここ数年は、毎年のようにゴールデンウィークにはラテンアメリカへと飛び出している。要は実地検分である。習ったばかりのスペイン語を試してみたいということもあった。

まず初めに行ったのは、やっぱりアルゼンチンである。アルゼンチンはもちろんタンゴの故郷であり、僕がもっとも行きたかった場所だ。そこへ行くのには何の問題も戸惑いもなかった。帰り際にはもうひとつ行きたかった場所であるブラジルのリオにも寄ることができ、大満足のうちに旅を終えた。そして次に僕が向かった場所はメヒコだった。実は、僕は元々メヒコにそれほど強い関心があったわけではない。ただ、ラテンアメリカの歴史などを学ぶにつれ、メヒコという場所の重要性がどんどん増していった。よくよく考えてみれば、そこにはアステカやマヤの遺跡もある。そして2012年は、マヤ暦が終わっている「最後の年」だった。これは行かねばなるまい、ということで、半ば勢いで飛び出したのが、昨年のことだ。

そして今年、3回目のラテンアメリカ行きで考えた場所がペルーだった。なぜペルーだったか。ひとつには、前年にスペイン語を習っていた先生がペルー人だったこと。その先生は、僕がまったく知らなかったペルーという国の扉を少し開けてくれた。そして、ひとつには、前年にアステカ・マヤ文明の遺跡を巡ったため、次はやっぱりインカだろうという必然性のようなものを感じたこと。そして、もうひとつは、マチュピチュやチチカカ湖、ナスカといった、かつて夢見た場所がそこにあったことを思い出したことである。特に、最後のマチュピチュやナスカに代表される一大観光地というのは、おそらく10人に聞けば10人ともが「いつかは行きたい」と答える場所である。僕もぼんやりそう思っていた。「いつかは・・」と。でも、よく考えたら、僕もすでに40歳を超えている。正直あと何回海外旅行に行けるかわからない。特に標高が4000mレベルの高地とか、登山を伴う山岳地域とかは、足腰が丈夫なうちでないといけなくなるのではないか、そんな気がしてきた。であれば、ラテ研最後の年の卒業旅行としてペルーに行こう。地理的にも、カリブ海沿いのメヒコ、太平洋側のアンデス地域であるペルー、大西洋側のアルゼンチンとブラジルというように、バランスが取れる。ほかにも行きたい場所がなくはないが、ひとまずこの3か所を押さえれば、何となくラテンアメリカを俯瞰できる。そんな理由から、僕は今年のゴールデンウィークにペルー行きを決めたのだ。

思い立ってからの行動は早かった。まずは格安航空券を調べる。しかし、ペルー行きのフライトは結構埋まっているようだった。ペルーに行くためには、一度アメリカ合衆国でトランジットする必要がある。乗り換える都市としては、LA、NY、アトランタ、マイアミといった都市があったが、ゴールデンウィーク前後のフライトはやはり混み合っていた。そこでダメ元でツアーを探してみた。僕は海外旅行でツアーをあまり使わない(だいたい一人旅だから)のだが、探してみたら一人旅用ツアーというのがあって、いわゆる追加料金なしで、ホテルの一人部屋が使えるという。確かに個人で手配するよりも数万円高めになるが、いろいろ調べてみると、現地の旅行会社で向こうのツアーに申し込んでも、それほど変わらないことがわかった。そもそもラテンアメリカは、交通の便が不便な場所が多く、公共交通機関を使った旅はできなくはないものの、結構なタイムロスになることを、これまでの2回の旅で僕は学んでいた。せっかく遠いペルーまで行くのに、無駄な時間は使いたくない。できる限り効率よくあちこちを回ろうと思ったら、やはりバスが使えるツアーが断然便利だ。ツアーなら、車の手配をいちいちする必要もないし、ホテルを探す必要もない。バスに乗り遅れるとかそんなこともないはずだ。いろいろな場所のチケットも込み。さらには朝食とか昼食とかもセッティングされている。これは楽だ。これだけのいろいろを自分で手配することを考えたら、数万円の手数料を払っても割に合う。そう思った僕は、この一人旅ツアーというものに参加することにした。

実は、僕は3年前にアルゼンチン~ブラジルの周遊旅行に行った際も、このようなツアーに申し込んでいた。しかし、現地に着いてみると、ツアーの同行者はおらず、ツアーと言っても、僕の一人旅+ガイドさんということになった経験がある。だから、今回ももしかすると、行ってみたら僕一人とかだったりして、という思いはあった。そもそもゴールデンウィークとは言っても、往復だけで3日くらいかかるラテンアメリカはそれほど人気がない。ペルーだって、まあそんなもんだろう。それくらいに思っていたのだ。しかし、その考えは大きな間違いであることを後になって知ることになる。

日程の都合で、ゴールデンウィークを1日前倒しにして、金曜日の午後、成田からデルタ航空のアトランタ行きに搭乗する。座席は右側3列シートの窓側。隣には日本人の若いカップル(あまり海外旅行に行ったことのなさそうな感じ)が座った。それにしても、ペルーに向かう日本人は多そうだ。みんなガイドブックを見ているから、行き先はわかる。中には、いわゆる添乗員随行のパックツアーの方々もいて、結構高齢な方々も多そうな感じだ。これまでラテンアメリカといえば、バックパッカー的な人しかほぼいなかったことを考えると、ペルー行きの飛行機は何というか、非常に日本人満載である。ペルーって日本人に人気あるんだなーと改めて思った。


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さて、飛行機は特に問題もなく、13時間ほどのフライトを続け、経由地であるアメリカ合衆国のアトランタへと向かっていた。このアトランタで、リマ行きの飛行機に乗り換えるわけだが、この乗り換えには若干の不安があった。というのも、トランジットの時間が1.5時間くらいしかない。あの9.11以降、アメリカの出入国管理は異様に厳しくなっていて、以前ニューヨークへのフライトで入国審査に時間がかかり、国内線に乗り継げなかったことがあったのだ。以降、アメリカでのトランジットは1時間では絶対無理。2時間あってもセーフタイムとはいえない、というのが僕の考えなのだが、今回は1.5時間程度。結構時間に余裕はない。

飛行機はアトランタの国際空港にオンタイムで着陸した。しかし、何かのトラブルなのかなかなか降機できない。ここですでに15分くらいのタイムロス。降機したら急いでイミグレに向かう。ほとんどが成田からの乗客で、なかには海外旅行慣れしてないおじさん、おばさんもたくさんいる。案の定、イミグレで英語がわからず、そのたびに日本語がわかるスタッフがあちらこちらの窓口に呼び出される。しかし、スタッフは1人だけなので、なかなか進まない。しかも、何となくではあるが、この空港の係員はやる気のなさそうな感じに見える。動作もなんだかもっさりしていて、なかなか列が進まない。時計を見ると、ボーディングタイムまではすでに20分程度。なんだかイヤな予感がしてきた。でも、この飛行機に乗ってきた、おじさん、おばさんを含む多くの乗客がリマに向かうはずだ。僕はともかく、この団体旅行のおじさん、おばさんははたして間に合うのか?? 

そうこうしているうちに僕の順番が来た。まあたいしたことは聞かれず、行き先を聞かれたくらいでパス。急いでボディチェックを済ませ、再度入場。しかし、この空港も、アメリカのほかの空港と同じく、結構広い。リマ行きの飛行機は、ターミナルが離れた場所にあり、空港内の地下鉄で向かう仕組みだ。これではお手上げである。もうボーディングタイムまで10分だが致し方ない。やがて、地下鉄が来てターミナルを移動し、リマ行きのボーディングゲートに着いたのは、ボーディングタイムからすでに10分経過した時間だった。これでも、着いたのは早いほうで、ほかの日本人乗客はこの後でぞろぞろとやってくることに。先ほどの団体旅行グループも何とか間に合ったようだが、結構シビアなトランジットだった。

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というわけで、何となくバタバタとトランジットを済ませ、リマ行きのデルタ機に乗る。さすがにリマ行きの便はペルー人らしき人が多く、CAも一気にラテン系になる。ラテン系のCAは結構気さくでやさしいので好きだ。女性は美人も多い。そして驚いたことには、このアトランタ発リマ行きの飛行機にも、日本語がわかるCAが搭乗していたこと。日本語でのアナウンスをはじめ、日本語でのいろいろなリクエストなどに応えていた。ほかの中南米に行く飛行機で、こんな経験したことがない。さすがペルーは日本人に人気の観光地なのだなあと、またしても感心したのだった。

アトランタからリマまでは9時間程度のフライトだった。それでも機内食2回と、おやつ1回が出て、ちょっと食べ過ぎだろという感じだった。アトランタを出たのが、現地時間の13時くらい。リマに到着するのが、時差もあるが、夜の22時というところ。日本を出てから、25時間くらいの長旅であるが、それでもブエノスに行くのに比べたらだいぶ近い。飛行機はカリブ海を南下し、コロンビアを抜け、ペルー上空へ。そして定時の22時すぎに、飛行機はリマのホルヘ・チャベス国際空港に到着した。

この時間なので、空港も空いているかと思いきや、意外に空港はごった返していた。どうも、この時間にアメリカ方面から到着する飛行機が多いようで、結構多くの乗客がイミグレに列を作っている。どう考えても、1時間はかかりそうな長蛇の列だ。今回は、ツアー参加なので、空港を出たところでツアー会社のドライバーが待っているはずだが、これではどうにもならない。やれやれと思いながら、ひたすらイミグレの列をのろのろ進む。さすがに長旅の後でもあるしイライラするが、これがラテンなのだ。慣れるより仕方ない。だいたい、ツアーなんで、僕が出てくるまでは絶対待っているはずだ。こういうところは、個人手配じゃなくてよかったのかもしれない。

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待つこと1時間くらい、ようやくイミグレを抜け、スーツケースをピックアップし、出口へ向かう。出口の前に両替所があったので、ひとまず手持ちのドルを当面の分、100ドルだけ両替する。この後タクシーを呼ぶ必要はないが、明日も朝早いはずなので、最低限、水くらい買えるお金は持っておきたかったのだ。しかし、なんだか騒がしい。時折歓声のようなものが聞こえてくるのだが、何かスポーツイベントでもやっているのだろうか。

出口を出ると、すぐにツアーの出迎えが見つかった。行ってみると、まだ僕のほか2人くらいしか来ておらず、まだ6名くらいいるのだという。「イミグレが混んでたでしょ?」と聞かれたので、「すごく混んでましたね」と答えると、「いつもそうなんです」と、旅行会社の人。どうやら、ここリマのホルヘ・チャベス空港は、イミグレに時間がかかる空港のようである(別に厳しいわけではない)。まあこういうところも、ペルー人の国民性なんだろうか。そして、出口のところを見ると、若い女の子達が集まって奇声を上げている。なんでも、韓国のアイドルグループ「SUPER JUNIOR」というのが、チリから今日ペルーへ移動してくるんだそうで、その出迎えのファン達とのことだった。ああ、こういう光景は日本だけではないのか。それにしても、韓流の人気は国際的のようである。結局、SUPER JUNIORは出てこなかったようだが、こんな夜遅くまで女の子が出歩いてるなんて、ペルーって国は相当安全なようである。結局出口で1時間くらい待って、最後の人が集まったのは、すでに日付が変わった0:30くらい。こういうところはツアーのめんどうなところである。足は確保されているので心配はないが、早くホテルに行って眠りたい。でもここは団体行動。個人の一人旅とは違う。

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全員そろったところで、駐車場のミニバスに向かう。待っている間にミネラルウォーターを買ったのだが、バスに乗るなり、ミネラルウォーターが1人1本支給された。何だ、だったら買わなきゃよかった。どうも今回のツアーのメンバーは、僕も入れて男3名、女6名の計9名らしい。比較的若い女の子が多い。なんだか僕のイメージしていたラテンアメリカ旅行とは違う感じだ。何しろ、3年前のアルゼンチンへの旅行の際には、ツアーと言っても僕一人しか参加していなかった。ゴールデンウィークくらいの期間で旅行するのには、南米は遠すぎるし、日本人には不人気なのかと思っていた。やはり、ペルーは違う。

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ホテルのあるミラフローレス地区は、空港とは街を挟んで逆の方向にある。すでに深夜で交通量は多くないとはいえ、ホテルまで30分くらいはかかる。その間、同情していたガイドのミゲルさんから、ツアー中のいろいろな説明を受ける。ミゲルさんは、日系ペルー人だが、日本語はペラペラだ。なんだかこう異国に来た緊張感があまりない。それもペルーならではなのか。説明の中で、ペルーはドルも結構使えるという話を聞く。だったら、あまり両替しなくてもよかったかもなーと思う。まあ、それほど多くの金額ではないので、すぐに使ってしまうだろうとは思うが。

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やがて、バスはミラフローレス地区のホテルへ到着。まずはロビーに集まり、明日以降のスケジュールや、必要なバウチャーなどの入った書類を渡され、説明を受ける。説明が終わった頃には、すでに2:30くらいになっていた。明日は6時出発ということで、5時起きで朝食というスケジュール。となると、寝られるのはあと3時間くらいか。明日は飛行機で一気に3399mの高地、クスコへ向かう。高山病には十分な睡眠が重要と、さっきバスの中で聞いたばかりなのだが、これではどうしようもない。いやいや、ツアーって結構過酷だな。

もらったカギをもって部屋に行き、軽くシャワーを浴びてこの日はとにかく寝る。とはいえ、時差ぼけとか、隣の建物あたりから響いてくるディスコテカの音とかであまり寝付けない。でも何とか寝ようと頑張る。それが、僕のペルー1日目の出来事だった。

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# by cama-d | 2013-06-30 22:55 | Peru

Viaje en Mexico 2012 Dia 9

9日目(Ciudad de Mexico D.F.)
(5 Mayo 2012)

どんよりした灰色の雲が垂れ込めていた。メヒコに来てからこんな天気は初めてである。しかも、ここは大都会メキシコシティ。この旅の初めに、すでにここで2日以上を過ごしており、もうそれほど見るべきものもない。そもそもこの1日は、この旅の予備日のようなものだったので、そもそも何をすべきかなどまったく決めていなかった。それも、昨日までけっこう濃いユカタン半島へのショートトリップを終えた後である。正直、この街で1日過ごす意味はあまり感じられなかった。

でも、これが最後のメヒコの1日である。なんとか有効に過ごそう。そう思って、空港近くのホテルを後にメトロに向かう。メトロもすでに慣れたものだ。約1週間前にここに来たときとはまったく感覚が違う。あのときは夜ということもあって、かなり警戒していたな。でも、今はそんなことはまったくなくなっていた。メヒコという土地に、僕の身体はもうすっかり慣れてしまったかのようだった。

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メトロで向かったのは、メキシコシティの中心地「ソカロ」である。ソカロにはすでに何度も足を運んでいるが、1週間前は土日だったこともあり、また、いろんなトラブルがあったこともあり、実はソカロ周辺の観光スポットには、カテドラルくらいしか訪れていなかったのだ。そこで、今日はソカロに面する宮殿と、「テンプロ・マジョール」という、元々アステカ時代にこの地にあった宮殿の跡地の遺跡をまずは見ることにした。まずは宮殿。ここは今でも政治の場として利用されている建物ということで、入場は無料だが、セキュリティは厳しい。持っていたバッグはコインロッカーに預けなくてはいけないということでロッカーに預け、カメラだけを持って中に入る。この宮殿は、アステカの征服者コルテスが、アステカの宮殿を破壊したその場所に建てた、カテドラルと並ぶ権威の象徴である。もちろんその跡はここにはないが、この宮殿ですごいのは、階段のところに描かれているディエゴ・リベラの壁画「メキシコの歴史」だ。何度かテレビなどで見たことはあったが、実際に目の当たりにすると、思ったよりも全然大きく、迫力がある。そういえば、メヒコに来てから壁画の類いはほとんど見てなかったな。ひとまずはその大きさと迫力に圧倒される。奥の方には、この場所が政治の中心地として機能としていた頃の議事堂などもあり見学できたが、こちらは写真撮影不可。結構厳しいのだ。

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中庭を通って外に出、カバンをピックアップしてから。今度は宮殿のほぼ隣に位置する「テンプロ・マジョール」に向かう。先ほどの宮殿も、この隣にあるカテドラルも、元はと言えば、このテンプロ・マジョールのあった場所に建てられた建物である。征服者であるスペイン人は、アステカの都「テノチティトラン」にあった宮殿を徹底的に破壊し、その石材をもって、その場所に宮殿とカテドラルを建設した。いわば「徹底的な破壊」と「権力の継承」である。だいたいにおいて、スペイン人の中南米侵略はこのような形で行われた。その象徴がこのメキシコシティのソカロ周辺であり、テンプロ・マジョールということなのだ。

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テンプロ・マジョール自体は、遺跡としては、これまで見てきたような巨大遺跡と比べると規模が小さい。と言うのも、本来であれば、このソカロ自体が巨大な遺跡なので、テンプロ・マジョールはそのほんの一角に過ぎないのだ。それでも、当時の遺跡の片鱗は見ることができ、非常に興味深い。遺跡そのものよりも中にある博物館がおもしろい。ここでは、ここメキシコシティの元の形であるテノチティトランに関するさまざまな展示がなされており、見せ方も上手い。博物館の中央には吹き抜けのスペースがあるのだが、ここに置かれている石像は、上から見るとその全体像がよくわかり、さらに時折照明が変化することで、色鮮やかに着色されるという仕掛けがなされている。博物館であっても非常にエンターテインメント性が強く、楽しめる場所だった。

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テンプロ・マジョールを見終わると、ここで見るものはなくなった。すでに時間もお昼くらいになりつつあったので、早めの昼食を取ることにして、裏通りのほうを歩く。すると何やら気になる店を発見。ガイドブックを見ると、そこにも載っているお店だった。名前は「Potzollcalli(ポソルカリ)」。入ってみると、思っていたよりもカジュアルな感じのお店だったが、それはそれでいいだろう。いろいろ悩んだ末に、「Pollo en Mole(ポジョ・エン・モーレ)」を頼むことに。メヒコを代表する料理で、鶏肉にチョコレートをベースに作ったモーレソースがかかっているというものだ。チョコレートソースって、、という気もしたが、まあものは試し。食べてみることに。しかし、出てきた「Pollo en Mole」を実際に食べてみると、このソースどこかで食べたことのある味だな、と思った。何だろうとしばし記憶をたどってみたが、思い当たった一番近い味は、名古屋の八丁味噌である。あの感じに近い。あの八丁味噌のような独特な香りがあって、なかなか美味しい。味噌カツを食べているような感じと言えば、近いだろうか。日本人の舌にも意外に合うので、メヒコに行ったらぜひ試してみてほしい。

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さて、午後はどうしようか。レストランでいろいろ検討した結果、少し中心地からは離れているが、景勝地として名高い「ソチミルコ」に行ってみようということになった。ソチミルコに行くには、メトロ2号線の終点まで行き、そこから路面電車に乗り換えてさらに終点まで行く必要がある。とはいえ、市内なので、そんなに時間がかかるとは思っていなかったが、実際に行ってみると、結構遠かった。メトロの終点まで行くのに20分くらいはかかり、そこから路面電車(トラム)に乗り込むのだが、実はそこでまたもやトラブル。なかなかトラムが来ず、しかも結構ホームは人でごった返していた(後で気がついたのだが、この日は途中にあるアステカスタジアムで、地元のサッカークラブの大事な試合があった)。ようやくトラムが来て、ほぼ満員電車という感じになったのだが、しばらくして、誰かが「降りろ、降りろ!」と叫びだし、乗っていた乗客が一斉に降り出す。僕も続いて外に出てみると、何とトラムから白い煙が! 一瞬あたりは騒然としたが、幸い爆発などはなく、トラムはほかのトラムに曳かれてどこかへ移動。もちろん、次のトラムはしばらく来ず、しかも先ほどよりも混雑が増している。そんなわけで、トラムの旅は最初から最後までほぼ座れず、立ったまま、30分くらいの旅となった。うーん、さすがメヒコ。

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で、肝心のソチミルコだが、僕もあまり事前情報を持っていなかったこともあるのだが、有名な水路を誰でも見られるような場所ではなかった。水路の近くに行くと、たくさんの船着き場があり、そこには遊覧船を運営する船屋がそれぞれ営業しているのだが、しばらく回ってみて気づいたことは、結局それらの遊覧船に乗らないと、ソチミルコの水路を楽しむことができないということだった。そもそもソチミルコでこういう船遊びを楽しむのは、基本的に団体でないと無理。要するに、日本の屋形船と同じだ。一人旅の僕が来て、楽しめるようなところではなかったのだ。着いた時間もすでに夕方で、観光客も少なく、相乗りで乗れるような雰囲気でもなかったため、船乗りは断念。ぐるっと街を回っただけで帰ることになった。うーん、なんだか時間をロスした。どうも、僕はここメキシコシティとは相性が悪いらしい。

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帰りも同じメトロで帰る。途中のアステカスタジアムには、すでに多くのサポーターが集結しており、なかには貸し切りのバスから旗を振ってアピールしている者もいる。まあ楽しそうなんだけど、僕はメヒコのサッカーは全然知らないしな。メトロの終点まで行くと、もうサポーターだらけで、すでにここから応援歌を歌ったり、太鼓を叩いたりの臨戦モード。さすがはサッカー大国である。そんなサッカーサポーターを横目に見ながら、僕は再びセントロへと戻っていった。

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この頃、すでに外はかなり暗くなっていたのだが、そのうち雨がポツポツと。メヒコで雨を見たのは初めてである。セントロでは、先日行ったアキバビルにもう一度行ってみようと思い、そのそばのメトロの駅で降りたのだが、その頃には雨が本降りになっていて、ビルに着く頃には結構濡れてしまった。まさか降るとは思ってなかったので傘も持ってないし、アキバビルも一通り見たら、もうすることがなくなってしまい(モチベーションも下がってしまい)、外に出るのもおっくうなので、そのままメトロでホテルに帰ることに。旅の最後がこんな雨で、ちょっとつまらない感じになってしまったけど、逆を返せば、僕はすでにメヒコを十分に満喫したということなのだろう。この辺が潮時なのだ。そう思うと不思議に思い残すことはなかった。

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昨日と同じく、空港のコンビニでセルベッサとおつまみを買い込み、ホテルの部屋で一人、メヒコ最後の夜をゆっくりと過ごす。ここまで結構慌ただしい1週間だったから、最後はこういう夜もいいか。テレビで先ほどのアステカスタジアムでやっているサッカーを見つつ、セルベッサで観戦。これで、僕のメヒコの旅は終わった。

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# by cama-d | 2013-06-01 23:40 | Mexico

Viaje en Mexico 2012 Dia 8

8日目(Cancún~Ciudad de Mexico.D.F.)
(4 Mayo 2012)

カンクン。
紺青の空と、白い雲と、水色の透き通ったカリブ海の海。白い砂浜のビーチが長く延び、爽やかなカリブの潮風がほほをなでる。

そんな、まるで夢のような光景の中に、僕はいた。いや、本当にいたのだ。朝目覚め、ホテルの窓にかかるカーテンを開けると、そこには、昨晩は暗くてまったく見えなかった海が目の前に広がっていた。一瞬、我が目を疑った。素晴らしい光景である。ビーチである。リゾートである。カリブ海である! 僕はついにこんなところまでやってきてしまったのだ。これまで、メキシコシティを出てから4日間、夜行バスに揺られ、ジャングルの中の遺跡を巡る旅をしてきた僕にとっては、何か別次元の光景だった。次第に笑みがこぼれる。そうだ、ここはカンクン。カリブ海随一のビーチリゾートなのだ!

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僕はすぐに部屋を出て、ホテルからビーチに通じる階段を降り、砂浜に向かった。まだ陽は、東側に広がるカリブ海から昇り始めたばかり。まだ空気は朝のすがすがしさをたたえており、海から渡ってくるやや強めの風がさらに心地よさを倍増させていた。僕は長く延びる白砂のビーチを南側に向かって歩いた。カンクンの砂州の上に作られたリゾートホテルがずっと向こうまで続いている。これらのリゾートホテルに宿泊した者の特権として、このビーチは解放されている。つまり、ここは共有のプライベートビーチなのだ。まだ朝早いからか、ビーチにはほとんど人影もない。このビーチを僕は独り占めしている気分だった。気持ちいい。ここまで気持ちいい経験は久々だ。そして、この眼前に広がるカリブ海の美しさと言ったら! 僕はビーチリゾートというものにとんと縁がない人間で、これまでハワイにも、沖縄にさえも行ったことがない。行ったことがあるとすれば、若い頃にそうとは知らずに迷い込んだスペインのコスタ・デル・ソルのマルベージャか、南米ブラジルのリオ・デ・ジャネイロにあるコパカバーナくらいなものだ。それらと比べても、ここカンクンの海はある意味で素晴らしかった。バックパッカーの身でリゾートホテルはどうかと思ったが、これだけで来てよかった、泊まってよかったと思えた。もちろん、恋人と来るのがベストだとは思うが、まあそれはまたのお楽しみということで。

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しばし浜辺の散歩を楽しんだ後、いったん部屋に戻り、しばしダラダラする。この日は、夕方カンクンの空港からメキシコシティに戻る飛行機に乗るだけしか予定はなく、それまでの時間は何をするかまったく決めていなかった。カンクンの街を楽しむのもいいだろうし、時間があれば近くのトゥルム遺跡まで足を伸ばしてもよかった。ただ、トゥルムまでは2~3時間かかるようだし、そうすると慌ただしく荷物をまとめて出発しなくてはいけなくなる。それに、遺跡はこれまでにもう十分に見たという感じもあった。どうせここまで来たのだ。ビーチを楽しもう。カンクンを楽しもう。そう思って、今度は水着に着替え、再びビーチに出た。

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すでに時間は8時を回っていたが、ビーチにはまだほとんど人がいなかった。こういうリゾートでは、人々は遅くまで寝て、遅く朝食を取り、そして午後ゆっくり遊んで、さらに夜も遊ぶのだ。こんな朝早くからビーチで泳いでいる人間などいない。でも、僕はお昼前にはホテルを出る予定だった。それに、すでに海は十分に温かい。水遊びをするには最適な気温だった。ちょっと波は高かったが、僕はカリブの海に飛び込んで、水とたわむれた。こうやって海水浴をするのも何年ぶりだろう。遠浅の砂浜は、水際から少し先に行って腰掛けても波が腰を洗う程度。寄せては返す波が心地いい。そして、このカリブの海の美しさよ。まさにエメラルドブルーという感じのキレイな水色に染まった海。そこに今いるというだけでも、これだけ幸福な気持ちになれる。カリブ海、あなたは本当に美しい。天国というところがあれば、きっとこんなところに違いない。それくらいに思える光景の中で、僕は海とたわむれていた。

そうやって十分カリブの海を堪能し、ホテルの近くのショッピングモールなども軽く物色したりして、僕は朝の時間を過ごした。でもまだ10時くらい。まだ少しばかり早かったが、ここですべきことももうなかったので、ホテルをチェックアウトして、バスに乗り、旧市街のセントロ(ダウンタウン)へと向かった。

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旧市街のセントロは、先ほどまでいたホテルゾーンとはまったく世界が違っていた。こちらは完全にメヒコの街で、向こうは完全にUSAだ。少し移動しただけで、ひとつ国をまたいだくらいのギャップがある。これがカンクンという街の本当の姿だ。物価もこちらとあちらでは2~3倍違う。僕の泊まっていたホテルのレストランでは、朝食のビュッフェが1,000円くらいしていた。でも、こちらのセントロなら200~300円くらいで朝食が食べられる。こちらがメヒコの標準。あちらがリゾート価格というわけだ。

ひとまずバスターミナルに着いた僕は、荷物を預け、身軽になる。少し早いが、朝食もまだ食べていなかったので、早めのランチに向かうことにした。少し離れたところにある「28市場」というところに、「El Cejas」というシーフードが美味しそうなレストランがあるというので、ターミナルから歩いて向かう。若干距離はあったが、地図を見ながら行ったので迷わずにたどり着いた。お土産物屋の呼び込みを断りつつ、目指す「El Cejas」を探す。ちょうど市場の中央当たりにその店を見つけた。まだメヒコの時間ではランチに早い12時くらいの時間だったので、お客さんはまばらだったが、僕は魚のソテーと、魚介のセビッチェ、そしてセルベッサ「Modelo Especial」を頼む。メヒコに来てから、いろんなセルベッサを試したが、有名なコロナよりも美味しいセルベッサがたくさんある。この「Modelo Especial」もそうだ。やがて、やってきたセビッチェは、これまた1人では食べきれないほどの量。僕はセビッチェが大好きなので、つい前菜で頼んでしまうのだが、これは多い! でも美味しいから結局食べちゃいました。その後、魚のソテーが来たけど、どっちかだけでよかったかも。でも、せっかくカンクンまで来て、シーフードの美味しいレストランまで来たんだから、食べなきゃ損損。どちらも美味しくいただきました。それでも、きっと払った料金は、ホテルゾーンのハンバーガーランチくらいじゃないかな。やっぱり僕はこういう場所が好きだ。

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そんな感じで、気持ちよく昼食を終え、ひとまずバスターミナルまで戻ろうかと歩き始めたのだが、ここで予期せぬ事件が起こる。何と、道に迷ってしまったのだ。僕は、かなり方角には敏感で、どこの街に行っても日中ならまず迷わないという自信があるのだが、先ほどの28市場で、入ったのと違う出口から出てしまったのが悪かったようで、そこが予想していた方角と違ったためか、行けども行けども知っている道に出会わないという状況に陥ってしまった。持っていた地図もそのあたりのエリアまでカバーしておらず、しかも悪いことに、このあたりの道路は碁盤目状ではなく、やたらと曲がっていた。それでも、何とかこの状況を脱しようと、脳内であらゆるシミュレーションをして、来た道を戻ったり、別の方角に曲がったりしたのだが、なぜかどんどん街の中心から離れて行っているような気がする。しかも、すでに太陽が高く昇っており、じりじりと暑さがこたえるようになっていた。こうなると、やたらと人間、不安になってくる。1時間くらい突破口を見つけながら歩いたが、体力は消耗してくるし、飛行機の時間も気になってきた。ひとまず、近くの人に聞こうと思って、銀行のガードマンらしきお兄さんに、ここがどのあたりなのか、バスターミナルはどっちなのか聞いてみたが、どうも要領を得ない。最終的には「すごく遠いからタクシーに乗れ」と言う。まあそれもそうだが、何となくそれは最終手段という気がしていた。そこで、近くのバス停に停まったバスの運転手に、このバスはターミナルまで行くか?と聞いたところ、「Si.」という。これでひとまず助かった。バスに乗り込み、町並みを眺めつつ、今自分がいる場所がどこなのかを確認しようとするが、結局よくわからない。そのうち、セントロらしい風景になり、バスターミナルの近くまで来た。どうやら歩いているうちに、本当に結構遠くまで行ってしまっていたようだ。降りるべきポイントが若干わからなかったのだが、運転手が降りろと手招きしている。「!Graciaz!」と礼を言い、バスを降りると、すぐ目の前にターミナルがあった。ああ、助かった。

結局1時間くらいロスしたが、14時くらいにはターミナルまで戻ってこられた。フライトは17時台だったが、そうなるとチェックインは16時まで、ターミナルからシャトルバスで空港まで30分かかることを考えると、それほど余裕はなかった。シャトルバスのチケットを買いにカウンターに行くと、次のバスはあと20分後くらいに出るという。慌ただしかったが、先ほどの件もあるし早めに行ったほうがいいと思い、そのバスのチケットを購入。喉が渇いていたので、珍しくコカコーラを買い、一気に飲み干す。メヒカーノはコーラが大好きだが、確かにこの国に長くいると、こういう飲み物が飲みたくなってくる気持ちもわからなくもない。

それからシャトルバスに乗って空港に向かった。予想どおり空港には早めに着いてしまったが、今日はハプニングもあったし、カンクン自体は予定よりもよほど深く体験したので、思い残すことはない。飛行機の出発までは少しヒマだったが、カフェなどを飲んで時間をつぶす。カンクンは国際空港だけあって、設備やショップはかなり豊富だ。本来なら、この旅はここで終わって、このまま帰国というプランもなくもなかったが、まあ初のメヒコということもあって、帰路の飛行機に間に合わないというシチュエーションだけは避けたかったので、1日マージンを取っておいたのである。まあ、結果的には杞憂で終わったが、何があるかわからないのがラテンアメリカだ。明日1日メキシコシティでフリータイムができてしまったわけだが、これは旅がうまくいったご褒美というかおまけとして楽に過ごせばいい。

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やがて飛行機の登場時間となり、国内便ということもあって歩いて飛行機へ向かう。利用したのはvolarisという低価格エアー。メヒコでも最近はこうした低価格の航空会社が増えてきたということで、カンクンからメキシコシティまでも確か7,000円くらいだったと思う。結構安くて便利だ。これまで4日かけてやってきたメキシコシティ~カンクン間もわずか1時間ちょっとで到着。久々に(と言ってもたかが5日だけど)着いた首都メキシコシティーは、やっぱり相当な都会に見えた。これまでの5日間の旅は、メヒコの田舎を巡る旅だった。ユカタン半島は、メヒコの中では「超」がつくほどの田舎だ。その旅は、大変なこともあったけど本当に楽しかった。ディープなメヒコを見てきたという感じもある。そして、僕は今、再び、首都メキシコシティーに帰ってきた。数日前にここを出たときとは、まったく感覚が異なっている。大都会メキシコシティー。あと1日、ここでどう過ごそうか。

この日の宿泊先は、空港そばのビジネスホテル。翌々日にはまた朝早めのフライトで帰国の途につくため、空港近くのほうが何かと都合がいいと考えたのだ。空港に着くと、歩いてホテルへ向かいチェックイン。周りにはあまり安くて美味しそうなレストランがなかったので(ホテルの中にはあったが、行く気にならなかった)、再度空港まで戻って、またもやコンビニでお酒とつまみだけを購入し、ホテルに戻って晩酌。メヒコは本当にどこにもコンビニがあって便利だ。夜はまだ浅かったが、ほかに何もすることがないので、この日はそのまま就寝。やっぱりソナ・ロッサあたりに宿を取ればよかったかなとちょっと後悔。

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# by cama-d | 2013-05-24 00:58 | Mexico

Viaje en Mexico 2012 Dia 7

7日目(Chichén Itzá~Cancún)
(3 Mayo 2012)

メリダのホテルですっかり疲れを癒やした僕は、荷物をまとめてホテルをチェックアウト。またもや歩いてバスターミナルへ向かった。今日もメリダはいい天気だ。朝から日差しがまぶしい。しかし、ベラクルスにしてもメリダにしてもいい街だった。これがカリブの雰囲気なのだろうな。いつか、この海の向こうにあるクーバにも行ってみたいものだ。

今日向かう先はチチェン・イツァー。有名な蛇のピラミッドがあるマヤ遺跡のハイライトのようなところだ。一大リゾートカンクンに近いことから、やたらと観光地化されているとは聞いているが、やはりここを外すわけにはいかない。今回の旅の中でも、パレンケと並ぶハイライトと言ってよかった。ここへ、メリダの一等バスターミナルから、9:15発のバスで向かう。そして、そのまま今日はカンクンまで行き、そこで宿泊する予定となっていた。

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ここまで来ると、バスに乗るのも慣れたもんである。大きな荷物を預け、ボディチェックを受け、プラットホームに向かう。チチェン・イツァー方面のバスは、僕のようなバックパッカーがたくさんだった。メリダからチチェン・イツァーまでは約2時間の道のり。昨日と同じくジャングルの中の道を抜けてゆく。さすがに主要道らしく、ハイウェイっぽいよく舗装された道を行く。快適だ。朝食を食べていなかったが、昨日コンビニで買ったメヒコ風おかきのようなお菓子を食べて代わりとする。そうしているうちに意外に早くチチェン・イツァーの街に着いたようだ。ジャングルの中ではあるが結構開けていて、これまでのパレンケやウシュマルとは全然違う雰囲気だった。バスはそのまま遺跡公園の敷地内まで入り、そこの駐車場にて停まった。ここで荷物を受け取り下車する。目の前が目的地のチチェン・イツァー遺跡である。

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チチェン・イツァー遺跡は、ウシュマル遺跡にさらに輪をかけて整備された遺跡公園だった。訪れる人も多いので、チケットを買うまでに少し行列。チケットを買ったら、荷物預かり所で大きな荷物を預けられる。僕のようなバックパッカーにもやさしい設計だ。周囲にはお土産物屋さんのアーケードも完備している。身軽になってゲートをくぐると、しばし、小道が延びているが、この小道の両端にも、露天のお土産物屋がいっぱい。まるでお祭りのようだ。さすがは、一大観光地という趣きである。

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その小道を抜けると、視界が開けて広場のようなところに出るが、そこがかの有名な「エル・カスティージョ」(城)こと蛇のピラミッドがある場所だった。いや、蛇というのは正しくない。正しくは「蛇神」と称されるマヤの神ククルカンを四方の階段に宿したピラミッドである。1年に2回、春分の日と秋分の日に、このククルカンに階段の影でできた羽が現れるというのは有名な話。僕が行った2012年は、マヤ暦が終わっている「世界の終わり」の年ということもあって、いろいろ話題になったが、その「エル・カスティージョ」を僕は今目の当たりにしているのである。これは、やはりちょっとした感動だった。しかも、このピラミッドが実にフォトジェニックで美しいのだ。ピラミッドの周囲は広場として拓かれており、訪れた人はどの方向からでも自由に写真を撮ったり、眺めたりできる。チチェン・イツァー遺跡はかなり規模の大きな遺跡公園だが、やはり中心地はこのピラミッドだ。それだけの存在感をこの建造物は持っている。残念ながら数年前からここも上に登ることはできなくなってしまっているが、逆に登らないほうがいいような気がする。余計な人が登らないだけ、僕は心ゆくまでこの美しいピラミッドの姿を角度を変えながら写真に収めることができた。

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「エル・カスティージョ」を堪能した後は、周囲の「戦士の神殿」や「千本柱の間」、その奥の「市場跡」などを見学し、さらにまた広場に戻って、今度は奥の方にある「聖なる泉セノーテ」を見に行く。セノーテというのは、このあたりに多い、地下空洞の泉のことだ。雨が少ないこの地域で、水の確保というのは非常に重要なことだったに違いないが、そこで神聖視されたのがセノーテである。逆に言えば、雨乞いのためにここに生け贄が放り込まれたりという、残酷な歴史も刻んできた。そんなマヤ文明の裏の顔ともいえる存在が、このセノーテなのだ。

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その後、また広場に戻り、「ジャガーの神殿」や「ツォンパントリ(頭蓋骨の城)」「球戯場」などを見る。特にこの「球戯場」はかなり巨大で、しかも、保存状態がよい。いろいろなレリーフもそのまま残っている。マヤの球戯場は、いわゆるサッカーのようなゲームを行う場所だったとされており、上の方にある丸い穴に玉を通すとゴールというわけで、そういう意味ではバスケットボールにも似ている。なお、勝ったチームのキャプテンは、その栄光をたたえ、その場で生け贄にされた。マヤの人にとって、生け贄になることは神聖なることであり、神に近づく儀式だった。マヤの神の考え方は少し変わっているが、僕ら日本人のほうが、ある意味では理解しやすいような気もする。

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その後、「旧チチェン・イツァー」と呼ばれる、少し離れた場所にある古い遺跡のほうに向かう。ここでもいろいろな遺跡を見て、マヤ文明のレベルの高さを改めて感じた次第。ここにも、雨の神チャック・モールのモチーフと、邪神ククルカンのモチーフはそこかしこに見られたが、広場脇にある「戦士の神殿」の頂上には、このチャック・モールの寝そべった石像があったりして、なかなかに興味深い。このように、チチェン・イツァーは、考古学的にも、マヤ文明を知る上でも、かなり有用で重要な遺跡なのだが、そういうことを少しでも学んでここに来ているかどうかで、この遺跡に対する印象はガラッと変わるのではないだろうか。

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しかしこの日も暑かった。ジャングルの中なので、日陰もあちこちにあるものの、遺跡の周辺は樹もないので、直射日光をもろに受ける。僕が到着したのがお昼前だったので、一番暑い時間に着いたわけだ。途中の売店でアイスを買って食べたが、3時間もいればもう限界かもしれない。幸いなことに、ここチチェン・イツァーからカンクンへ向かうバスは多く出ており、僕は16:30出発のバスのチケットを購入していた。残る時間で、あちこちにいるお土産物屋の露天などを見て回り、マヤカレンダーが描かれたTシャツと、マヤっぽいカラフルな織物のショールを2枚お土産として購入した。この旅でまともなお土産はこれくらいだったかもしれない。その後、時間まで、入り口ゲート近くのレストランで遅いランチを取った。とにかく暑かったので、やっぱりセルベッサ。タパスとしてトルティージャのオープンサンドのようなものを食べる。結構美味しかった。

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バスの時間が近づいたので、バスの停留所となる駐車場のほうに行ってみると、昨日ウシュマルで出会った日本人カップルの姿が。なんでも、彼らは朝早めにメリダを発ってここチチェン・イツァーを訪れ、午後はタクシーで近くにある泳げるセノーテに行って水浴びをしてきたのだという。なるほど。それは賢い選択かもしれないな。何しろ暑いし、遺跡にずっといても飽きちゃうしね。僕もセノーテに水浴びに行けばよかったかなと少し後悔。

やがて、バスが来て、僕らを最終目的地であるカンクンへと運んでいった。カンクンまでは約3時間ほどかかる。日中の疲れでうとうとしているうちにバスはカンクンの街に滑り込んでいたが、すでに周りはすっかり暗くなっていた。カンクンのバスターミナルに着いた19:00過ぎにはもう暗くなっており、ローカルのバス停などを探すのもちょっとめんどうな感じになっていた。実は、ここカンクンは、普通のメヒコの街あるセントロ地区と、砂州地区にできたいわゆるビーチリゾートのホテルゾーンとに大きく分かれている。バスターミナルは当然、セントロ地区にあるわけで、利便性を考えたらセントロに宿を取るべきなのだが、せっかくの国際リゾート地カンクンに来たからには、少しくらいリゾートっぽい雰囲気も味わってみたい。そんな欲張りな(場違いな?)気持ちから、僕はここカンクンでは、ホテルゾーンにあるリゾートホテルに一夜の宿を取っていたのだった。バスターミナルからホテルまではおそらく数キロの距離があり、歩いてはとてもいけない。バスはあるようだが、今からそのバスを探すのもめんどうな気がしていた。そこで、ターミナルを出てすぐに声をかけられたタクシーに乗ることにした。タクシーはホテル名さえ言えばそのまま連れて行ってくれる。少し料金は高いが(とは言ってもせいぜい1000円程度だが)この時間だと安心だし、何より楽だ。

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タクシーに乗りながら、初めて訪れたカンクンの夜の空気を感じる。やはり海沿いだけあって、空気がものすごく湿っている。少しべたつくような感覚。どこか少し懐かしい。やがてタクシーは砂州の上のホテルゾーンへ。想像はしていたが、ホテルゾーンに入るやいなや、世界が変わる。そこはすでにリゾートだ。それも、メヒコじゃなくて、どちらかと言えばUSAっぽいリゾートだ。巨大なホテルが次々に現れては消えていく。レストランも何となくUSAっぽい雰囲気のネオン輝くお店ばかり。コンビニもあったが、見かけたのは1店だけ。いかにも高級リゾートという感じだった。

やがてタクシーは目指すFlamingo Cancún Resortへ到着。かなり大きなホテルだ。エントランスを入ると、大きなロビーがあって、その向こうには何やら遊技場のようなものがある。おお、さすがリゾート! フロントに行ってチェックインをすると、係の人が「Only one night?」と聞いてきた。いや、そうだけど、何か悪い? それから、部屋のカードキーとともにリストバンドのようなものを渡してきた。どうも、滞在中はこれを着けていろということらしい。これをしていれば、エントランスのセキュリティチェックもパスできるのだとか。最初はこんなもの何の意味があるのかと思ったが、後になってわかった。こういうリゾートホテルには数日から数週間バカンスで滞在するファミリーが多い。だから、ホテル内のあちこちの施設をフリーパスで利用するためにはこういうものが便利なのだろう。まあ、1日しかいない僕にはあまり関係のない話だが。

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チェックインを済ませ、建物の間のプールの脇を通り、やたらと広い迷路のような廊下を抜けエレベーターを上がって部屋に着く。入ってみると、いかにもリゾートホテルな感じのキレイな部屋。まあ当たり前なんだけど、こういうところに泊まったことがないのでちょっと感動。カーテンが閉まっていた窓を開けてみると、その先には暗い海が広がっており、ザザーンという潮の音が心地よく響いていた。夜なので暗くてよくわからないが、これは明日の朝になったら、ものすごいオーシャンビューが広がっているのではないだろうか? ああ、これは明日の朝が楽しみだ。やっぱりカンクンに来たら、こういうリゾートホテルに泊まらなくちゃね。なんだか楽しくなってきたぞ。

しかしお腹が空いてきた。何か食べようと思い、まずはホテルのレストランをチェックに。た、高い・・。ある程度予想はしていたが、まさかここまでとは・・。メヒコの一般の物価に慣れてしまうと、ここの物価は3~5倍くらいのインパクトがある。何となく悔しいので、外で食べることにしようかと思い、外に出る。でも、ホテルの近くのレストランは何となくアメリカンな感じで、どうも足が向かない。この際、散歩がてら夜の街を歩いてみようと思い、先ほど来た道を返す感じで歩き始める。しかし、ホテルゾーンの距離感は、普通の街の距離感ではない。1つ1つのホテルの間の感覚が数100mといった感じで、歩いても歩いてもまだ3つ先のホテルという感じなのだ。こういうところもアメリカンなんだよなー。そうやって20分以上も歩いたろうか、先ほど見かけたコンビニにたどり着いた。結局コンビニか!という気もしなくもなかったが、何度も言うようにメヒコのコンビニはお酒も買えるし、結構便利なのだ。結局ここでセルベッサや缶のカクテルと簡単なおつまみ(サンドイッチやハム・チーズなど)を購入し、これで夕食にすることに。帰りはさすがにバスを拾って帰った。ここホテルゾーンでは、移動にはバスを使う(上り下りしかないので簡単)のが正攻法のようだった。

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ホテルに帰り、買ってきたお酒とおつまみで疲れを癒やす。リゾートまで来ておきながらそれかよ?と思われそうだが、僕にとってはこのほうが都合がいいし、気持ちがいい。ゆったりした潮の響きを聞きながら、ここまでのユカタン半島の旅を振り返りながら、酩酊していった。

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# by cama-d | 2013-05-22 00:13 | Mexico

Viaje en Mexico 2012 Dia 6

6日目(Mérida~Uxmal)
(2 Mayo 2012)

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前夜、パレンケを出たバスの中で僕はひたすら眠り続けていたらしい。気がつくと、すでに目的地のメリダ市内だった。途中、カンペチェあたりで休憩があったような気もしたが、まったく覚えてない。時間はまだ5時前だが、7時間くらいこんこんと寝続けたらしい。そうこうするうちにメリダのバスターミナルに到着。夜行バスの多いメヒコのバスターミナルは24時間営業だが、外はまだ真っ暗。今の時間に外に出ても仕方ないので、自動販売機のインスタントコーヒーを買って、しばし待合室で時間をつぶす。

メリダに来た目的は、ここから近郊のウシュマル遺跡に向かうためだ。ウシュマル遺跡は、通過してきたカンペチェとメリダの間くらいにあり、本来ならカンペチェから行ったほうがロスが少ないように思えるのだが、カンペチェからのバス状況がいまいちよくわからないうえ、カンペチェはそれほど大きな街ではないため、何かと不安があった。その点、メリダはユカタン州の州都の大きな街である。ここからはウシュマル遺跡にも行けるし、次の目的地であるチチェンイツァーにも行ける。要は、ユカタン半島の遺跡周りのベースキャンプとしては最適な街なのだ。それに、メリダという街自体にも興味があった。何となく勘でしかないが、何かがありそうな街という感じがしていたのだ。今日の夜はこの街に泊まる予定で、ホテルの予約は入れてある。ただ、いかんせん、まだ行くのには早すぎる。後で荷物だけ預かってもらおうと思っていたが、それまでは少し時間をつぶさないと。

メリダにはバスターミナルが2つある。1つは今いる1等のターミナルで、もう1つはすぐ近くにある2等のターミナルだ。長距離バスは1等ターミナルに着くが、ウシュマル行きのバスは2等ターミナルから出る。そこで、翌日のチチェンイツァー行きのバスチケットをまずは購入。ついでにその先のカンクンまでのチケットも購入した。これで、長距離のバスチケット関係はOK。少し明るくなってきた頃を見計らって、すぐ近くの2等ターミナルまで行き、今度は「Sur」というローカルバス会社の窓口でウシュマル行きのチケットを買った。出発は9:05。まだ3時間くらい時間がある。というわけで、ひとまず今日泊まるホテルまで行ってみることにした。

バスターミナルから街のセントロまでは少し距離があるので、普通はバスかタクシーで移動する。ただ、僕は町歩きが好きなので、できれば徒歩で移動し、街の雰囲気を味わいたい。というわけで、徒歩でセントロに向かって歩き出したのだが、平日朝のメリダの雰囲気をたっぷり味わうことができた。人々は通勤や通学に使うバスに乗るため、バスストップらしきところに並んでいる。バスはやっぱりひっきりなしに走っているが、どのバスがどこへ向かうのかはやっぱりよそ者にはよくわからない。そんな中、バックパックを背負って歩いている日本人は珍しかったろうが、メリダの人達は別に奇異な目で見るでもなく、「チノ、チノ(中国人)!」とからかうでもなく、普通に自分のペースで生活しているようだった。ここまで来ると、ベラクルスよりもさらに黒人比率が高まっていたが、それも別にいやな感じはしない。街全体がやっぱり明るくて、突き抜けたような感じがあった。これがユカタン半島の空気だ。メキシコシティーとは全然違う。カリブの空気なのだ。

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20分くらい歩いたろうか、目的のホテル「Hotel del Governador」に到着した。そこそこ中心地にも近い歴史のありそうなホテルだ。入っていき、フロントのお姉さんにスペイン語で、「!Buenos dias!」と声をかけ、「予約しているが、荷物を預かってもらってもいいか?」と聞くと、「もちろん」と返してくれ、部屋のカギまで渡してくれた。つまりチェックインできてしまったのだ。これはありがたい。何しろこの2日間、夜行バスの旅だったので、シャワーも浴びていない。さすがに汗もかいていたので、まずはシャワーで汗を流す。あー、すっきりした! そのままベッドに倒れ込む。うーん、気持ちいい~!でも、このまま寝ちゃうと起きられないかも。そこで、服を着替え、軽装になって、ホテルを出る。生き返った感じだ。そのまま、セントロのソカロ付近をかすめながら、違う道をたどりながらバスターミナルのほうへ戻っていく。

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そのとき、ソカロの脇に、おなじみの「セブン・イレブン」を発見。メヒコは、信じられないくらいにコンビニ大国で、メキシコシティでもホテルの近くにセブン・イレブンがありお世話になったのだが、ここメリダにもありました。朝食を食べていなかったので、ここでサンドイッチと飲み物を買うことに。飲み物のクーラーを見ていると、あるものが目に入った。それは、何と「缶コーヒー」である! 僕は缶コーヒーというものは日本だけのものと思っていたので、まさかメヒコの地でお目にかかるとは思ってなかった。もちろん、日本の缶コーヒーとは違って、見るからに甘そうな感じのカフェコンレチェだ。それでも、珍しいので買ってみた。これが今日の僕の朝食である。そのままバスターミナルまで歩いて行き、待合室のベンチの上で朝食を取った。注目のメヒコ版缶コーヒーだが、確かに甘ったるかったが、何となく懐かしくて美味しかった。これは発見だった。

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やがて、ウシュマル行きのバスがやってきた。ウシュマルまでは1時間半くらいの道のりだ。ちらほら日本人観光客の姿も見える。ウシュマルに公共交通機関で行くには、ほぼこれしかないのだから、まあ当然同じルートになるか。メリダを離れたバスは、すぐに低木のジャングル地帯に入った。道はほぼまっすぐで、ほかには何もない。日差しはこの日も燦々と降り注ぎ、暑い1日になりそうだった。途中、いくつかの街の停留所に停まりつつ、バスはウシュマルに向けて走って行った。

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やがて、バスはウシュマルの遺跡公園前の停留所に到着。僕ら観光客はここでバスを降りた。国道から公園入り口まで少し歩く。まだ午前中なので何となく爽やかな風が吹いている。やがてゲートが見えてきた。ここでチケットを買って入園するのだが、ここでもどうやら例の環境保護税みたいなものが必要らしく、チケットは120ペソくらい(800円くらい)なのだが、環境税プラスで150ペソくらい(1050円くらい)になる。僕はすでに昨日のパレンケ遺跡とかその周辺で経験済みだったので、まあそういうことかと思っていたのだが、僕の前に並んでいた日本人カップルがどうもその意味がわからないらしく、何やらもめている。係員のおじさんもお手上げという様子で、次の僕のほうを手招きしている。僕はあっさり料金を支払ってチケットを買ったが、そのカップルの女性のほうが僕に向かって「これってどういうことなんですか?」と聞いてきたので(もちろん日本語で)、「たぶん環境保護税とかそういうことだと思いますよ。パレンケでも同じでした」と答えてあげると、渋々納得したようで、チケットを買っていた。たかが200円くらいの話なんだけどね・・・。

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さて、ウシュマル遺跡である。チケットカウンターを過ぎるとまずはショップやレストランなどがあり、すごく整備されている感じ。トイレもすごくキレイだ。さらに進むとチケットコントロールがあり、昨日のパレンケとは感じが全然違う。そのゲートを超えると、いきなりウシュマル遺跡のメインイベントともいえる「魔法使いのピラミッド」が見えてきた。このピラミッドはかなりの大きさがあり、変わっているのは上から見た形が円筒形になっていること。ミラミッドといえば、角張った四角形を思い浮かべるが、ここのピラミッドはキレイな弧を描くようなラウンドフォルムなのである。残念ながら、現在は上には登れないが、見ているだけでもおもしろい建造物だった。

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その裏にあるのが、回廊が美しい「尼僧院」。そしてその前に「球戯場」がある。先ほどのピラミッドもそうだが、ここウシュマル遺跡には、マヤ文明の特徴でもある「ククルカン(蛇神)」と、雨の神である「チャックモール」のモチーフが多く使われている。パレンケには、それほどこのモチーフは見当たらなかったが、ここウシュマルはかなりはっきりとククルカンとチャックモールが見られる。まあそれくらいの事前勉強はしてきているので、この遺跡もなかなか楽しめた。遺跡を見に来るのなら、ある程度の事前予習は必要である(こういうのをプクウ様式と言うらしい)。

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その後、巨大な「総督の宮殿」や、その裏の「グランピラミッド」などを見学。とにかく、ウシュマル遺跡は、建物1つ1つの規模が大きく、保存状態もかなりいい。「グランピラミッド」は上まで登ることができるが、階段の段数が相当あり、上まで登るとかなり息が切れる。しかも結構な急勾配だ。どことなく、テオティワカンのピラミッドを思い出させるが、マヤ遺跡としてはかなり大きな建造物が多いのが、ウシュマルの特徴だろう。

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しかし、このウシュマル遺跡、昨日のパレンケと比べると、何かが決定的に足りないような気がする。妙に公園として整備されすぎているのか、キレイなのはいいのだが、秘境感はないし、遺跡が悪いわけではないのだが、何というかちょっと飽きてしまうのだ。そう言えば、遺跡に付きものの物売りもいっさいいない。いると少しうざいが、いないとそれはそれで寂しいものだ。何というか、この遺跡は公園としてでき過ぎてしまっている。しかも、ジャングルの真ん中でほかに行くところもないし、日差しはキツいしで、早くもお昼くらいにはもう帰りたくなっていた。

しかし、困ったことに、帰りのバスがない。早くても15時までバスが来ないのだ。公園にいた人に聞いてみても、どうもそんな感じの答えだった。とすると、あと3時間くらいここでヒマをつぶさなくてはいけないことになる。何ということだ。昨日のパレンケではツアーに申し込んでいたから、そういうことはなかったが、ここウシュマルではツアーでもないしどうにもならない。仕方ないので、遺跡内のレストランでとりあえずランチをすることに。当然ながらこういうところは少し高いのだが、まあ仕方ない。セルベッサにユカタン風カルネを頼んで、ゆっくりとランチを楽しんだ。料理はそこそこ美味しかったが、とにかく時間がありすぎてヒマをもてあました。そのうち、レストランにもいずらくなり、入り口近くの日陰のベンチで休んでいると、先ほどの日本人カップルがやってきて、「バスないですよね?」と聞いてきた。「ないみたいよ、3時まで」と答えると、やれやれという感じでどこかに行ってしまった。その代わりに、どこかの欧米人カップルが僕の隣に来て、しばらく2人何かをしゃべっていた。まあ彼らもどうやらバス待ちのようだった。

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そんなこんなでダラダラと時間を過ごし、2時半くらいになったので、国道沿いまで行ってみるかということで歩き始めた。公園への道の入り口付近が何となくロータリー的になっていたので、もしかしてここにバスが停まるんだろうかと思って、しばらく待っていると、先ほどの外人カップルがやってきて、僕にスペイン語で「バスはここに停まるのか?」と聞いてきたので、「そう思うよ」と僕もスペイン語で答える。そのうち、先ほどの日本人カップルもやってきた。「ここでいいんですかね?」と言うので「そう思うけど、わかんない」と答えたが、やはり少し心配だったので(何しろバスを1本逃すとまた数時間待たなくてはいけなくなるのだ)、近くにいたおじさんに、「ここにバスは停まるのか?」と聞くと、いや、道の向こう側だという。そこで、そこにいた数名に(その頃には10名くらいがそこに集まっていた)、「ここじゃない。あっちだって」と教えてやり、道の向こう側に渡った。その後、先ほどの欧米人カップルが、先ほどの日本人カップルに何やら話し始めた。「アナタは日本人ですか?」。割と流ちょうな日本語である。日本人カップルのほうも日本語だから安心したのか、打ち解けていろいろ話し出した。なんでも彼らはベルギー人で世界中を旅しており、日本にもいたことがあるという。しかし、不思議だったのは、なんで日本人の僕にはそういうこと聞かないのか? 彼らと僕とはスペイン語ですべて話していたし、僕ってそんなに日本人に見えないのか? まあいいけどさ。そのうちにメリダ行きのバスがやってきて、僕らはそれに乗り込んだ。意外とバスは混んでいて、座席は見つかったが、立ちっぱなしになってしまったバックパッカーもいた。どうも、ご苦労様。

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バスがメリダに着くと、先ほどの日本人カップルとはひとまず挨拶をして別れた。でもたぶん、ルート的には明日も会いそうな気がするな。僕は、そのままセントロのほうに向かい、まずはホテルに帰還。シャワーで汗を流し、途中のセブン・イレブンで買ってきた缶の「クーバ・リブレ」と「Sol」という、メヒコでは一般的なセルベッサを飲んでひと息つくと、なんだか疲れがどっとやってきてベッドに倒れ込む。そのまま2時間くらい眠ってしまった。目が覚めるともうすでにあたりは暗くなっていた。ちょっと面倒くさかったが、夕食を食べに外に出る。

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ひとまずソカロのほうに向かったが、夜のメリダはにぎやかで、昼とはまた違った顔を見せていた。どこかで陽気な音楽も聞こえる。このまま、ソカロ沿いのテラス付きレストランでセルベッサというのもよかったが、せっかくなので、今夜はもう少したちゃんとしたお店で食事をしようかと思った。何しろ久々にホテルに泊まれる夜なのだ。そこで、ガイドブックに載っていた郷土料理を食べさせるという老舗レストラン「Portico del Peregrino」に行ってみた。「Portico del Peregrino」はソカロから2ブロックほど離れていたせいか、お客はあまりいなかった。こういうレストランで1人で食べるのは苦手なのだが、お店の雰囲気はすごくいい。パティオ席のようなところに通されたが、上には月と星が見えるというシチュエーション。ああ、こういうところはやっぱり恋人と来るべきだよなと独りごちながら、セルベッサと魚介のセビッチェ、そしてこのあたりの伝統料理という「ポジョ・ビビル」(バナナの葉で包んで蒸した鶏肉)を頼んだ。メヒコの料理は基本的に量が多いので、1人でこれだけ食べるのは大変だったのだが、何とかほとんど食べることができた。でも、メヒコは基本的に何を食べても美味しいからうれしい。少し贅沢したが、たまにはこういう日もあっていいよね。

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レストランを出た後、少しお土産物屋を見て、鮮やかな編み物の小物入れなどを買った。またもやコンビニで缶の「モヒート」を買い、ホテルで煽って眠りについた。3日ぶりのベッドは、非常に心地よく、どこまでも深く眠りに入っていった。
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# by cama-d | 2013-05-21 01:04 | Mexico

Viaje en Mexico 2012 Dia 5

5日目(Parenqué)
(1 Mayo 2012)

寒い。凍えるほど寒い。まさか亜熱帯のメヒコ・カリブ海沿岸でこんな目に遭うとは思わなかった。ベラクルスからビジャエルモサに向かう夜行バスの中で、僕は寒さに震えていた。メヒコのバスはやたらにクーラーを効かせる。それは聞いていたがまさかここまでとは。どおりで、なぜか乗客のほとんどがジャンパーのような服を羽織っていたわけだ。このときの僕はポロシャツ1枚。バックパックは荷物室に入れてしまっているし、かろうじて持っていたパーカーをかぶって夜を明かした。でも周囲もみんな寒そうにしてたけど、これについては、メヒカーノは何も言わないんだろうか・・・。

そんな夜を数時間過ごした後、バスはまだ夜明け前のビジャエルモサ市内に滑り込んだ。時刻はまだ午前5時前。周囲はまだ真っ暗である。バスターミナルに着いた僕は、すかさず目的地であるパレンケ行きのバスチケットを購入した。係の人によれば、バスはすぐに出発するという。こういうところ、メヒコはバス網が発達している。ベラクルスではいろいろあったが、結果的にはほとんどオンスケジュールで動けたようだ。ひとまず安堵。

やがてやってきたパレンケ行きのバスに乗り込み、ビジャエルモサの街を後にする。ビジャエルモサはタバスコ州の州都で比較的大きな街だが、今回の旅では通過するだけのポイントだった。郊外には、オルメカ文明の巨石人頭像で有名なラベンタ遺跡公園もあるが、時間の都合で今回はパスせざるを得なかった。

やがて、日が昇ってきて夜が明け始めた。パレンケ行きのバスはジャングル地帯の道を進んでいく。パレンケまでは2時間ちょっとの道のりだ。このバスではガンガンにクーラーが効いているということもなかったので、少し眠っておきたかったが、今度は見たくもないビデオ上映が始まった。どうも、メヒコのバスではこれがデフォルトらしい。仕方ないので、何となくそのビデオを見ながら眠くなるのを待ったが、どうも眠くならない。ビデオの内容は、何かのハリウッド映画のメイキングドキュメンタリーで、CGの撮影を解説するというものだったが、このビデオ、朝の6時くらいにいったい誰が見たいんだよ? まことにメヒコという国は不思議なところがある。

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そうこうしているうちにバスはパレンケの街に到着。さすがにここまで来ると、街自体が小さく、バスターミナルもこれまでの街のような立派なものではなく、ごく普通の田舎のターミナルといった感じになった。着いた時間はまだ朝の7時台。予定ではここパレンケで丸1日を過ごし、夜にまた夜行バスに乗って、次の目的地であるメリダに向かうつもりでいたのだが、パレンケ遺跡を見るだけなら半日くらいで十分だろう。もし、午後発のいいバスがあれば、メリダに行く途中のカンペチェまで行ってしまってもいい。そこで、バスの時刻表を見たが、パレンケ発のバスは近隣のビジャエルモサ行きを除けば、驚くほど便が少ない。結局メリダ方面に向かうには夜まで待たなくてはいけないようだった。ビジャエルモサまでひとまず戻るという手もあるが、それも結局遠回りになるだけのような気がした。ここパレンケでは、日本人の旅行者の姿もちらほら見られたが、ほぼ同じようなことを思っていたらしく、今日これから丸1日どうやって時間をつぶそうか、という会話をしていた。僕もまったく同じ状況だった。

まあ時間はたっぷりあるので、朝食でもとりながら考えることにした。ターミナルを出て少し街を歩くと、いくつかレストランが営業している。そのうちのどこかに入ろうと思ってメニューを見ていると、通りがかりの人からチラシを渡された。話を聞くと、地元の旅行会社の人で、ツーリスト向けの1日観光ツアーをやっているということだった。ちょっと検討すると言ってその場は別れ、近くのレストランに入る。朝食メニューは4種類ほどあって、どれも40ペソくらい(300円弱)。ひとまず普通のトーストと卵+肉の何か(ベーコンエッグくらいのものかと思ってた)、サラダ、ジュース、コーヒーがついたメニューを頼むが、これがまた量が多い。しかも、やっぱりここでもついてくるのね、トルティージャ。メヒカーノは意外と大食漢である。でも、それほど太っている人はいないのが不思議だ。

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ここで、ちょっとパレンケについて少しだけ説明しておく必要があるだろう。パレンケ遺跡は、マヤのいくつかの遺跡の中でも特に大きく重要な遺跡だ。マヤの遺跡としては、蛇のピラミッドで有名なチチェンイツァーが有名だが、こちらは大観光地、カンクンに近いこともあってやや観光化が進んでいると聞く。その点、こちらのパレンケのほうが秘境にあり、訪れる人も少ない。グアテマラのティカル遺跡と並んで、遺跡好きの人には大人気のスポットということだった。ただし、秘境だけあって、アクセスはそれほどよくない。この旅をプランするに当たって、ここパレンケは外せないポイントとして考えたのだが、どうやっても、パレンケに行くには丸1日を要するのだった。もちろん、今回の旅の中でも最重要ポイントとして考えていたので、丸1日使うことについてはやぶさかではなかったが、できれば効率よくいろいろなところを回ろうと思っていたので、できれば、この日中にカンペチェに行ければ、翌日はカンペチェ→ウシュマル→メリダという最短ルートを通ることができ、ベストなルートとなるはずだった。ただ、どうもその計画は無理なことがわかった。次の目的地はメリダとなり、途中のカンペチェは残念ながら素通りということになりそうだった。まあ仕方ない。

朝食を取りながら、先ほどもらった現地ツアーのチラシを見る。1日ツアーに参加すると、パレンケ遺跡はもちろん、近くにある「ミソル・ハ」という滝や、「アグア・アスル」という場所にも連れて行ってくれるようだ。これで料金は150ペソ(1100円)くらい(送迎のみ)だったかな。まあ特にすることもないし、どっちにしてもパレンケ遺跡まではバスで行かなくちゃいけないし、僕はこのツアーに申し込むことにした。会計を済ませて店を出て、先ほど教えてもらった「Kukulcan travel agency」というオフィスに行くと、先ほどのお兄さんがいた。ツアーへの申し込みを済ませ、バックパックを預かってもらい、身軽になる。なんでも「アグア・アスル」では水浴びができるというので、水着の用意をしておけということを言われ、一応スタンバっておく。しばらくして9時くらいにツアーは出発。ひとまずここから参加するのは、僕のほか、アメリカ人カップルの1組だけらしい。まずは、最初の目的地であるパレンケ遺跡へとミニバンは向かっていった。

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パレンケ遺跡はパレンケの街から車で10分くらいの山中にある。国立公園なので、入園するためにはチケットがいるが、これはツアーでまとめて買ってもらった。さらにプラスして、環境保護税みたいなものがいるらしく、これは別料金で27ペソ(200円くらい)必要になった。これで無事入園。入り口の近くで車を降り、13時にこの先の建物のところで集合ということで、ひとまず自由行動となった。いよいよ、この旅のクライマックス・パレンケ遺跡にご対面である。

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少し階段を上ると入り口があり、そこでチケットを見せて入園。入って少し歩くとすぐに最初の遺跡が見えてきた。「頭蓋骨の神殿」そして「碑文の神殿」だ。「碑文の神殿」は、パレンケ遺跡の中でももっとも有名なピラミッド形の神殿だが、現在登ることはできない。ひとまず遠くから写真を撮って眺めたあと、順路的にはその近くにある「宮殿」を見るのが普通だろうが、観光客の多くが宮殿に向かっているのを見て、僕は一番奥の高台にある「太陽の神殿」や「十字架の神殿」を目指すことにした。まだ空いていそうな奥から順に遺跡を見ようと思ったのだ。この計画はうまくいき、それほど混雑しない時間帯に、主立った遺跡をじっくりと見ることができた。なお、奥にある遺跡群は土地自体も高い場所にあるが、さらにピラミッド形の「十字架の神殿」に登ると、パレンケ遺跡の全貌を高いところから眺め渡すことができる。ここは写真を撮るのにはおすすめのスポットだ。

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その後しばらくして、高台を降り、今度は「宮殿」をじっくりと見て回る。周囲は、徐々に朝の爽やかな日差しから、強烈な昼間の日差しに変わってきていており、観光客もこの時間はあまり日なたに出たくないようだ。そういうわけで、結構な観光客が来ていたにもかかわらず、僕はパレンケ遺跡をかなりじっくりと堪能することができた。時間にして3時間くらいはいたろうか。それでも見飽きない光景だった。

メヒコとひと口に言ってもいろいろな地域がある。最初に見たテオティワカンの遺跡は、2000m級の高地に作られたアステカ文明の遺跡。そして、このパレンケ遺跡は、亜熱帯のジャングルの中にあるマヤ文明の遺跡だ。この2つはまったく異なる文明に属しており、雰囲気もだいぶ違う。テオティワカンの巨大なピラミッドもすごかったが、僕はこちらのパレンケのジャングルの中にそびえる遺跡のほうが好きだ。ひと言で言えば、非常にミステリアス。比較的こじんまりとまとまっているが、ジャングルの緑とのコントラストが美しく、風景としても味わいがある。そして、来るのが大変なので、それほど人が多く来ない(それでも結構いたけど)。できることなら、国境を越えて、グアテマラのティカル遺跡も見たかったところだが、日程の関係で今回はあきらめた。その分、このパレンケ遺跡が今回の旅ではもっとも重要なポイントとなったのだが、苦労して来た甲斐があったというものだ。まあ、あまり言葉を尽くしても、伝わらないと思うので、写真を見て想像していただければと思う。

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あとひとつ、テオティワカンと違ってよかったのは、園内に物売りがそんなにいなかったこと。もちろん許可されている人は多少いたけど、テオティワカンほどではなかった。マヤ族の末裔のおばさん方が、いろんなものを持ってきて、売ろうとしてきたが、「何月生まれ?」と聞くので「1月」と答えると、マヤのカレンダーで1月に相当する動物のアクセサリーを勧めてくる。最終的には僕も1つ買ったが、まあ安いのでいいか。

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遺跡を一通り見終わって、写真にも収めたところで、集合場所に向かって山を下りていく。ガイドいわく、奥の道から15分くらいで下りてこられるということだったので、そちらのルートから山を下っていく。こちらの道は、まさにジャングルの中の遊歩道という感じで、これはこれでいい雰囲気。途中、川や小さな滝などを見つつ、15分くらいで、集合場所の美術館前に出た。まだ少し時間があったので、美術館を一通り見て回り、13時くらいにツアーのミニバンに乗り込んだ。すると、ここからは同乗者が増えており、一気にその数は8名くらいに。いろいろフレキシブルに対応しているようだ。やがて、乗客が全員乗ったことを確認すると、ミニバンはさらに奥地のほうに向かって走り出す。次の目的地は、美しい滝「ミソル・ハ」だ。

ミソル・ハまでの道は、ほぼひたすら山道だった。ガイドブックによれば、パレンケから南へ18kmというから、それほど近いわけでもないのだろう。結構な距離をバンは走り、やがて入り口らしきところに着いた。そこでまた環境保護税みたいなものを徴収され、ミソル・ハへ。ミニバンを降りて、少し歩くと、そこにミソル・ハはあった。確かにキレイな滝である。逆に言えばそれだけなんだけど、まあ少しばかり涼を得ることができた。ここを見終わると、さらにミニバンは奥地のほうに向かって走り出す。結構な山道を越えていくのだが、途中で何か検問のようなものがあった。銃を持っていたがどうも警察らしくはない。もしかしたら、あれがこのあたりを根城にしているサンディニスタのゲリラなんだろうか。下手な知識があるだけに少し緊張したが、何のことはなく、少し停まっただけでミニバンは再び走り出した。こういうのも、地元ツアーならではの体験なのかもしれない。

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たぶん1時間くらい走った頃に。バスはようやく「アグア・アスル」に到着。直訳すると「青い水」というこの場所は、小さな滝が連なる景勝地ということで、暑いこのあたりではいい水浴場となっているのだ。というわけで、一応水着の用意もしてきたのだが、水浴びできるエリアは現地のファミリーでいっぱい。さすがにここでゆったり水浴という雰囲気でもなかったので、水浴はあきらめ、周囲を散策するのみに。これは、ツアーに参加していたほかの人も同じ印象だったらしく、最初からいっしょだったアメリカ人カップルなんかは。最初から水着でスタンバっていたのだが、がっかりといった感じだった。まあ、でも場所自体はいいところで、風景もきれいだし、滝もきれいで、来た甲斐はあったかなという感じ。ただ、最後は時間をもてあましてしまい、駐車場近くのバルまで戻ってきてセルベッサでも飲もうかと思っていたら、ほかのツアー参加者もやっぱり集まっていて、おしゃべりしていた。まあ、そんな感じよね。

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やがて時間になったので、ミニバンはパレンケに戻る帰路についた。途中の山道にあったお店の前で停まったので、誰かががお土産物でも買うのかと思ったが、どうも数名がここでバンを降りて、ほかのバスか何かに乗り換えるようだった。実はこのあたりはすでにチアバス州で、中心地のサンクリストバル・デ・ラスカサスまでは結構近い。おそらくはそちら方面に向かう旅行客なのだと思うが、実は僕もこの逆ルートでパレンケに行けないかと少し考えていたのだ。でも、山道で時間がすごくかかると聞いたのであきらめた経緯があるのだが、確かにこの道では思った以上に時間がかかりそうだ。あきらめて正解だったかもしれない。

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そんなこんなで最終的にツアーのミニバンがパレンケに戻ってきたのは、すでに19時くらいだったかと思う。今夜乗るメリダ行きの夜行バスは21時出発だったので、まだ時間があった。どこかで食事でもしようかと思ったが、実はそれほどお腹も空いていない。そういえば近くにコンビニがあったので(メヒコはコンビニがあちこちにあるのだ)、そこでサンドイッチとコーヒー、水を買って、バスターミナルのベンチに座って食べた。特にすることもないので、ものすごくヒマだったが、周りの人もそんな感じでグダグダしている。何となくダラダラしているうちに時間が過ぎて、バスの時間になったので、荷物を預けてバスに乗り込み、そのままほぼすんなりと眠りについた。それなりに疲れていたのだろう。そして、今夜のバスはクーラーはギンギンにかかっていないようだった。

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# by cama-d | 2013-05-19 22:29 | Mexico

Viaje en Mexico 2012 Dia 4

4日目(Ciudad de Mexico D.F.→Veracruz)
(30 AVRIL 2012)

まだ暗い時間にホテルをチェックアウトし、メトロ1号線のほぼ始発くらいの電車に乗って、TAPOのあるSan Lazaroに向かう。ガイドブックには早朝のメトロは危険なので乗らないほうがいいということが書かれていたが、僕が見る限り、乗降客もも多かったし、いつもながらのメトロという感じだった。2日目にデジカメをすられた(あれはどうしようもないことだと思う)以外、メキシコシティはそれほど危険な街と思うことはなく、むしろ安全な街なんじゃないかという気がしていた。

San Lazaroの駅に降りてTAPOへ。ここへ来るのはもう3回目なので迷うようなことはない。大きなリュックを背負って、ADOのカウンターへ向かう。まずは日付の間違ったチケットを交換してもらわなければ。これがうまくいかなければ、いろんな計画が狂ってしまうのだ。昨日の夜、ホテルである程度考えてきたスペイン語のフレーズを思い出し、カウンターのお姉さんに、チケットの日付が間違っているので変えてほしい旨を告げると、特に何の問題もなく今日の朝の便にチケットを交換してくれた。これまでお金のこと、日付のことと、2回もうまくいかなかったバスのチケット購入だが、ようやく三度目の正直で購入できた。まあトラブルといえばトラブルなんだけど、こういうのも旅の醍醐味(まあ結果うまくいったから言えるんだけど)。おまけにスペイン語のほうも、何となく話せるコツがつかめてきた気がする。交渉ごとというのは、語学力を向上させる。これは、昔イタリアに住んでいたときも強く感じたことだが、今回も期せずしてそういうことになったわけだ。

さて、チケットは交換できたしこれでひと安心。8:00のバスの出発まではまだだいぶ時間があるので、円形の形をしたステーションの中央にあるカフェに寄って、朝食にした。この朝の朝食は、店頭に出ていて美味しそうだったフォッカッチャみたいなパンとカプチーノ。昨日買ったばかりの富士フイルムのコンパクトデジカメで初撮影する。フォッカッチャは結構量が多くて満腹に。そうこうするうちにカフェは旅行客で混んできた。まだ時間はあったが、朝食を終えるとやや早めにそこを出て、待合室のほうに向かった。

待合室でしばらく待っていると、「手荷物預かり所」というところがあるのに気がついた。長距離バスでは大きな手荷物は預けなくてはいけないのはわかっているのだが、それがどういう方法で行われるのかは知らなかったので、ひとまずそこへ行って、チケットを見せながら聞いてみたところ、預けろというので大きなリュックを預け、引換券をもらった。まるで空港だ。そのうち、僕の乗るベラクルス行きのバスの搭乗ゲートがアナウンスされたので(こういうところもまるで空港)、そこの列に並ぶ。ゲートでのセキュリティチェックを受けてようやくバスの搭乗口まで行くことができた。本当にセキュリティなどに関しては、メキシコはかなりうるさい。これもバスジャックなどが多いことの裏返しなのだろうが、ここまで厳重にセキュリティチェックをやっているので、ある意味で安心感もある。

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僕の乗るベラクルス行きのバスの搭乗口まで行くと、入り口のところで名簿をチェックされる。それが終わると、ヘッドホンと飲み物を受け取り、指定された座席へ向かう。このバスはデラックスクラスなので、装備も豪華で座席も広くゆったりしている。おまけにこの日のこの便は乗客も数名しかおらず、大変に空いていてまさに極楽。ヘッドホンは、バス車内で放映されるビデオを見るためのもの。後になって気がつくのだが、デラックスではないバスの場合、延々と見たくもないビデオの音を否応なく聞かされることになるので、このヘッドホンシステムは非常にありがたい。しかも飲み物までついてきてまさに極楽だ。先ほど預けた僕のリュックもカートで運ばれてきて積み込まれたようだ。というわけで、バスはTAPOを出発し、まだ朝の空気が漂う平日のメキシコシティを通り抜けて行った。

メキシコシティから郊外へ向かっていくと、徐々に車窓が山がちの風景になってくる。メキシコシティは盆地の街だ。シティ内にいるときはそれとわからないが、バスに乗ってほかの街に向かうときには、どの方角に行こうとも必ず一度は山を登ることになる。まあ山と言ってもそれほど急峻な山ではなく、なだらかな山の間をぬっていくという感じではあるのだが、このあたりの地形も含めた変化がわかるのもバスならでは。植生の変化もなかなかおもしろく、メキシコシティ近辺は、いわゆる乾燥気候帯向きのサボテンや灌木が多いのだが、この後訪れるベラクルスは一気に亜熱帯となるため、一気に緑が濃くなり、椰子の木やジャングル的な風景が広がることになる。特に、このメキシコシティからベラクルスまでの道のりは、かなりの標高差(2000mクラス)を一気に駆け下りることになるので、その変化も実にドラスティックだ。これがバス旅行のもう一つの醍醐味である。

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ハイウェイに入ってしまうと、バスはまったく停まらずにすいすいと道を進んでいく。途中、世界遺産の街プエブラをかすめ、一度だけトイレ休憩(ものすごく小さなパーキングエリア)を挟んだだけで、オンタイムで走行していった。やがてプエブラ州からベラクルス州に入ると、バスは急な山道を登り始める。これから山道を下ると思っていた僕はちょっと驚いたが、このプエブラ州とベラクルス州との境の山脈はかなり急峻で、プエブラ側から抜けるのにもいったん山を登る必要があるようだ。やがて、峠らしきところを超えると、今度はかなりの急勾配を転げ落ちるように下っていく。ここから一気に2000mを下るのだ。この落差はすごい。前述の通り、周りの植生もどんどん変わってきて、風景が一気に緑濃くなってくる。この気候のダイナミズムが中南米の(メヒコは北米だけど)魅力の1つだ。しかし、よく考えてみると、その昔、スペインの征服者達がベラクルスに街を作った後も、なかなかアステカの都である現在のメキシコシティにまでは攻め込めなかったというが、この山がまさに天然の障壁になっていたのだろう。その昔、馬しか動力がなかった時代では、この山を越えていくのもかなりの苦労がいったはず。そう考えると、やはりこの道はメヒコの歴史を幾分か垣間見せてくれる、自然の教科書のようなものなのだろう。

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そうこうしているうちに、バスは険しい山岳地帯を抜け、周囲の植生も一気に亜熱帯風に。緑が濃くなり、椰子の木など、亜熱帯の樹が増えてくる。すでに目指すベラクルスまではあとわずか。気がつけばすでにバスは市内に入っており、あっという間にベラクルスのバスターミナルへと到着した。時刻は午後1時くらい。バスを降りると、これまでいたメキシコシティとは全然違う空気に驚く。まず光が違う、そして暑さが違う。メキシコシティも昼は暑かったが、こういう暑さではなかった。やはりここは亜熱帯。そして海に近い湿気のある場所なのだ。ターミナル近辺にいる人達の顔立ちも違う。すぐに感じたのは、いわゆる黒人系の人の多さ。メキシコシティにはほとんど黒人の姿はなかったが、ここベラクルスは黒人の割合がやや高い。メジャーというほどではないが、ちらほら見える。こういうところも、何となくクーバなどのカリブ海らしさを感じる部分だ。

ターミナルに着いて僕が最初に行うべきは、次の目的地ビジャエルモサ行きのバスのチケットを購入することだった。前回の教訓を生かし、あらかじめ現金を用意。しばらく列に並び、ADOのカウンターで今夜23:00発のビジャエルモサ行きのバスチケットを購入する(一応カードも試してみたが、やはりダメだった)。これで次の街までは行ける。後はバスの発車時間まで、ベラクルスの街を観光しよう。荷物預かり所で重いバックパックを預け、軽装で街へと向かう。バスターミナルは、街の外れにあるので、中心街までは何らかの交通機関を使う必要があるのだが、やはりここは値段も安いバスを使おうということに。ただ、道に出てみてもバスの停留所がよくわからない。うろうろしてると、タクシーの運ちゃんに声かけられまくりだし。でもバスはひっきりなしに走っていたので、その先を追いかけると、少し先に行ったところに停留所を発見。勝手はわからなかったが、とにかく来たバスに乗り、運転手に「?Al centro?」と聞く。「Si.」というので、そのまま乗車。チケットはその場払いで確か8ペソ(60円くらい)。しかし、このバスというのが、また変わっている。バスのインテリアはなんだか好き勝手にデコレーションされていて、バスによって全然違うのだ。もちろんカーステレオの音楽がガンガンかかっている。日本のデコトラみたいな雰囲気なのだ。道を走っているバスの数も異様に多かったから、おそらくこのバスは、市が認可した民間運営なのだろう。要するに、タクシーみたいなもんである。こういうアバウトさもメキシコシティにはなかった。やはり、ここはベラクルス。カリブの街である。

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道はそこそこ混んでいたが、15分くらいで市街地に到着。ただ、どこで降りたらいいのかわからないので、地図とにらめっこしながら現在位置を確認。目指す中心地に近そうな場所でバスを降りる。降りた場所は、ちょうど税関の建物の前あたりで、白亜のヨーロッパ風の建物がまぶしい。まずは、街の中心地であるアルマス広場に向かおうと歩き出す。目指すアルマス広場はすぐ近くにあった。こじんまりした公園のような広場があって、周囲をカテドラルやレストランなどが取り囲んでいる。イメージしていたよりもこじんまりしていて、しかもなんだかかわいい感じの町並みだ。実は、僕はここに来るまで、ベラクルスという街はもう少し危険な香りのする街のイメージを持っていた。港町ならではの荒っぽい雰囲気がどこかにあって、メキシコシティよりもむしろ気をつけなくてはいけないのではないかと思っていたのだ。しかし、ここまで見てきた感じでは、どうもそういう雰囲気はない。いたって平和な空気の流れる南国の街だ。このアルマス広場で、少し座って街の地図を頭に入れ、街を回るルートをおおよそプランした。お昼時だったので、お昼ご飯を食べてもよかったのだが、それよりもまずやりたいことがあった。それは、現金を引き出すことである。

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メキシコシティでさんざん困った経験から、この先使うであろう現金をこの街でできるだけ引き出しておきたかった。メキシコでは1日に引き出せる現金の上限があるので、一気にすべてをまかなうことはできない。しかも、この先の向かう先はユカタン半島で、街はどんどん規模が小さくなってくる。ひとまず都会であるベラクルスで、必要十分な現金を引き出しておかないと不安で仕方がない。で、普通は街の中心地には何かしらの銀行かあるいはATMがあるものだが、どうもアルマス広場の周囲にはそういうものが見当たらない。仕方ないので、街の目抜き通りっぽいIndependenciaという通りを歩き出す。さすがに、銀行やATMの1つくらいは見つかるだろうと。しかし、結局この道を歩いても、ATMらしきものを見つけることはできなかった。それだけ危険ということなのだろうか。ただ、ここに来るバスの中で、少し離れた公園の脇に銀行があったのはチェックしていた。最悪そこまで行けば何とかなるだろうと思っていたのだが、結局そこまで行くことになってしまった。

銀行に着いてみると、中には結構人が並んでいた。やっぱりこの街にはあまり銀行がないのかもしれない。入り口付近にATMがあったので、おそるおそるクレジットカードを入れてみたが、あっさりと受け付けてもらえた。いったい昨日のメキシコシティは何だったのだ?? まあとにかく、これで旅を続ける軍資金は手に入った。ひとまずやるべきことはやったので、後はベラクルスを観光するのみ。銀行を出て、今度は少し違う道をとる。見たかったのは「サンティアゴ砦」という昔の要塞。そこを外から眺めつつ、徐々に海沿いのほうに向かって歩く。少し街の喧騒とは離れた静かな界隈に出てしまったが、陽の光はまぶしいし、空は青いし、別に危険な香りもなかった。僕の持っていたベラクルス感はだいぶ違っていたようだ。そのうちに、白い灯台「ふぁろカランサ」が見えてきて、いよいよベラクルスの海とご対面。目の前に広がる埠頭の先には、青く光るカリブ海が! うわあ、ついに来たんだ、カリブ海に。埠頭にはいろんなお土産物屋が店を出し、観光客や、地元の子供がにぎやかに行き交っている。海を渡ってくる潮風が涼しい。こういう風景、どこかで見たことがある。そうだ、横浜だ。横浜の山手公園あたりの雰囲気によく似ている。ベラクルスは全然怖いところなんかじゃなかった。ここは横浜のような、爽やかな風の吹く港町だったのだ。

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そう思うと、僕の心は軽くなった。もっとこの町を肩肘張らずに楽しもう。どこかでシーフードとセルベッサでも楽しみながら、海を見よう。そんな気持ちで写真を撮りながら埠頭をぶらぶらしていると、遊覧船を待つ団体に出会った。遊覧船も楽しそうだ。もともとそういう予定はなかったが、1時間くらいのんびり船に乗って、海からベラクルスを眺めてみるのもいいのではないか。そう思った僕は、遊覧船のチケットを買い求め、15時くらいに出る湾内クルーズに出かけることにした。

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船に乗り込んでからしばらくすると、黒い肌で民族衣装を着た女の子が船に乗り込んできた。と思ったらやにわに踊り始めた。よくある観光客相手のチップ目当てのサービスといったところだが、このときのこの少女の踊りは何となく僕の心に残った。それは、その少女の肌の色が黒かったこともある。真っ白な衣装をまとった黒い肌の少女が、青い海に浮かんだ船の上でくるくると踊る。白い歯をニカッとむき出して笑顔で踊る。そこには、哀れさとか貧しさとかそういうものはなく、彼女は単純に好きで踊っている、楽しんでもらうために踊っている、そんな雰囲気さえ感じさせた。実際には違うのかもしれないし、生活のためにやらざるを得ないのかもしれないが、そのときの僕にはそういうようには見えなかった。ベラクルスといえば、音楽的には、クーバの影響を強く受け、ソン・ハローチョ、ダンソンといったダンス音楽が有名だが、このときの少女の踊りはハローチョだったのか。少女の笑顔とダンスに癒やされた僕はもちろんチップを多少はずんであげた。なんかベラクルスいい街じゃん!

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余興が一通り終わると船は出航した。今や世界中どこでもそうだが、中国人の観光客がいっしょだったが、日本人の姿はついぞこの町では見かけることがなかった。もっとも、ベラクルスという街自体、ガイドブックでもあまり詳しく扱われていないので、僕みたいにある程度、歴史とかに興味がなければここまでこないか。船は青い海の上を滑るように進んでいき、ベラクルスの内湾内ギリギリくらいの場所まで来た。陸のほうに目を向ければ、ベラクルスの市街地から少し離れた場所にあるビーチリゾート「ボカ・デル・リオ」なども見渡せた。そのままぐるっと湾内を周り、ベラクルスの観光スポットである「サンファン・デ・ウルア要塞」の近くを通る。海側から要塞を見られるのも船ならでは。これで観光スポットを回る必要もなくなった。わずか1時間くらいのクルーズだったが、思っていた以上に満足できた。やはり、港町の全貌を理解するのなら、船のほうがいい。

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遊覧船を降りて、再びアルマス広場のほうに足を向ける。途中、お土産物屋をひやかしながら進んでいったが、このステキな街の記念に残るものを何か買いたいと思い、いろいろ見た結果、トカゲの形をモチーフにしたデザインのTシャツを買うことにした。バックパックの旅なのであまり大きなものは買えないが、Tシャツくらいならいいだろう。

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やがて、アルマス広場に戻ってくると、昼間よりも人通りが増えてにぎやかになっていた。どこからか陽気な音楽も聞こえてくる。ダンソンだ。ダンソンは演奏にマリンバを使う。そのマリンバの音色が南国的な涼しさを乗せてくる。その響きに誘われるようにして、いくつかの楽団が演奏しているあたりまで来た。そこのレストランのテラス席に腰掛け、ようやく遅めのランチというか夕食をとることに。まずはセルベッサ。そして、ベラクルス自慢の魚料理をいただく。BGMはもちろんダンソン。まだ、夕食には少し早い時間だったので、お客さんが少なく、何度もいろんな売り子がやってきて、何かを買え買え勧めてくるのが少しうざかったが、それを除けば、本当にベラクルスはいい街だった。結局、テオティワカンに行くときになくしてしまったサングラスの代わりに安物のサングラスを買ったりしたので、悪いことばかりじゃないんだけどね。

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そうして日暮れ時のひとときを楽しんでいたのだが、あまり暗くなるといろんなことが少し心配になってくる。これからバスターミナルまで戻るのにバスを使うとして、どこから乗ったらいいのかもよくわからないし、すっかり暗くなってしまう前にターミナルまで戻ろう。そうやって店を出て、何となくこのあたりだろうというあたりをつけてバスストップのあるところまで来た。しかし、やはりどうもどのバスに乗ったらいいのかよくわからない。来たバスに「? Va al terminal de autobus?」と聞いてみたりしたが、答えは「No.」だった。しかし、そのやりとりを近くで見ていたおばさんが、僕に「バスターミナルに行くのならあっちよ」と教えてくれた。なんて親切な! やっぱりベラクルスはいい街だ。

おばさんに教えてもらったバスストップからバスターミナルに行くバスに乗る。ここでも、一応黒人の運転手に「? Va al terminal de autobus?」と聞いたが、今度は「Si.」だった。しかし、この運転手、でっぷり太った黒人で、バスのデコレーションもある意味悪趣味。なんだかちょっと雰囲気悪いなーと思いつつも、降りる場所を間違えないよう窓の外を凝視していると、その運転手が大声で僕に何かを叫んだ。「! Terminal !」。あ、どうもここで降りたほうがいいらしい。僕の感覚ではもう1つ先くらいだと思っていたのだが。慌ててバスを降りると、運転手がにんまり笑ってこっちを見ていた。案外いい人じゃん。そして、ベラクルス、やっぱりいい街じゃん!

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バスターミナルに到着したのはまだ20:00くらいだったか。バスの出発まではまだ2-3時間ある。とはいえ、することもないし、待合室で少し眠ることに。でも眠ってもまだ時間が来ない。22時を過ぎたくらいから、出発状況を知らせるモニターをちょいちょい見て、間違わないように確認していたが、僕の乗るべき22:55発のビジャエルモサ行きのバスはまだ到着していないようで、表示がない。23時近くになったので、乗り場のほうにまで行ってみるが、なぜか乗るべきバスが来ていない様子。まあここはメヒコだし、きっと遅れているんだろうと思いつつ待っていると、それらしきバスを発見。行き先を見ると、ビジャエルモサ行きだ。そこで搭乗手続きをしようとすると、係の人が「あなたはこのバスじゃないわ」と言う。「え?」と思うが、どうも違うらしい。そこで気がついたのだが、今乗ろうとしているバスは「ADO Gold」というデラックスバスだった。僕が昼間購入したチケットは普通の「ADO」の一等バスのもの。でも、普通のADOのビジャエルモサ行きは来なかった。どういうことだ?

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慌てた僕は、ひとまず近くにいた係員らしき人をつかまえ、このバスはどこから乗ればいいのか、チケットを見せながら聞いた。すると、その人はほかの係の人を連れてきたのだが、その人が言うには「Se fue.(もう行ってしまった)」ということだった。ウソだ!僕はずっと時刻表をチェックしていたし、そんなバスは来なかった。そう抗議してみたが、向こうは「Se fue.」の一点張り。なんだか状況がよくわからなかったが、とにかく僕は明日の朝までにビジャエルモサ、そしてその先のパレンケまで行かなくてはいけない。「何とか次のバスに乗れないか?」そう聞いてみると、とにかくチケット売り場まで行けという。時間はもう夜の23時を回っている。確かもう1本バスがあったと思ったが、急がなくてはいけない。慌ててチケット売り場に走る。

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チケット売り場で、係の人に事情を説明。とにかく、乗るはずのバスが来なかったこと。次のバスに乗せてほしいことなどを、つたないスペイン語で真剣に訴える。すると、係の人もちょっと相談してくるわ、という感じで奥にしばらく引っ込んでいき、やがて帰ってくると、追加料金だけでチケットを買えてくれるという。よかった、ありがとう! お礼を言って、次のバスのチケットに引き替えてもらう。この時点で、バスの出発までもう10分くらいしかなかったが、とにかく何とかなった。後から考えてみれば、おそらく僕が乗るべきバスは、ビジャエルモサが終点ではないバスだったのかもしれない。僕はビジャエルモサくらいの大きな街であれば、間違いなくそこが終点だと思い込んでしまっていたために、ほかの可能性を考えなかったのだ。もしそうなら、今回の件は、完全に自分のミスである。時間はたっぷりあったのに、大きなミスを犯してしまった。そして、旅のプランが大きく変わってしまうところだった。でも、何とか間一髪その最悪の事態だけは免れることができた。スペイン語を少しでも勉強していて本当によかった。そして、ベラクルスの人達の親切心にも感謝しなくては。23:45ビジャエルモサ行きの深夜バスは、ベラクルスのバスターミナルを出発した。ほぼ満席という状況だった。
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# by cama-d | 2013-05-18 23:14 | Mexico

Viaje en Mexico 2012 Dia 3 -PART2-

チケットが買えなかったので、急いでTAPOを後にして、メトロに乗る。ここのATMは全滅だったが、それは何かの通信障害かもしれない。さすがに観光客が多く集まる場所、たとえば空港とか街の中心街とかなら、お金も下ろせるのではないか。そう思い、空港かセントロか迷ったが、ひとまず乗り換えなしでいけるセントロに向かうことにした。これがまた間違いだったことに、後になって気がつく。

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こういうとき、普通だったらそのままメキシコシティの中心地であるソカロに行くのだろうが、なぜか僕はそのとき昨日知った「アキバビル」の近くのSalto del Agua(噴水)という駅で降りた。そのメトロの出口付近もこれまたすごくて、何やらいろんなものを売っている露天街のまっただ中という雰囲気。こんなところにメトロの入り口あってもわからないよなーとか思いつつ、そのどこか御徒町的雰囲気の露天街を通り抜けていく。急いでいたので、あまり詳しくはチェックしなかったが、CDやら民芸品やら生鮮食品やら衣料品やらいろんなものが売っていて、ゆっくりくるなら楽しいところかもしれない。それから道を北上していくと、すぐに目指すアキバビルを左手に発見! ちょこっと中を見たが、ひとまずATMを探そうとそこを後にする。

しかし、肝心のATMがまったく見つからない。途中、SEARSというデパートの前を通りかかったとき、デパートならATMくらいあるだろうと思って探したが、どこにもなかった。昨日も通ったセントロのMadero通り(日曜だから人でごった返していた)に行ってみたが、なかなかATMに出くわさない。ようやくあるビルの入り口にATMを見つけたので、そこでお金を下ろそうとしてみたが、なぜかこの機械も「現在使用不可能」になっていた。地元のおばさんと思わしき人が、そんな僕を見て「それ使えた?」って聞いてきたので、「いや、壊れてるみたい」と答えると、「ああ、やっぱり」てな顔をしていた。ということは、現地の人も困ってる様子。ああ、この国はどうなってるのだ。

それから、さらにMadero通りをソカロ方面に向かっていくと、途中で銀行らしき建物の前でATM街の行列を発見! うわ!すげー混んでる! これはもしかして、ATMが使えなくて困っているのは僕だけじゃなく、ほかの人もまったく同じということなんじゃないのだろうか。もしかしたら、今日に限って、この町全域で何らかのATM障害が起こったとか。しかも日曜日だから誰も対応できないとか。で、結い一動いていそうなATMにみんなが殺到しているとか。そんな考えが頭をよぎる。その列はすでに30分以上待つくらいの雰囲気。さすがに並びたくはなかったが(しかも炎天下)、ほかにどうしようもなく、少なくとも、人が並んでいるということは機械自体は動いているのだろうと思い、列に並ぶ。並んでいる最中も、後ろから来たおじさんが「この列はCajero(ATM)か?」と聞いてきたりして、「Si, Cajero」とか答えたりすると(ATMを探している最中にこの言葉は覚えた)、やはり「あー」という顔をして残念がるが、結局並ばざるを得ないという状況になり、僕の後ろに並んだりしていた。

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そして待つこと30分以上。ようやく僕の番が回ってきた。ここまで待って、このATMが動かなかったらどうしようと思わなくもなかったが、何のことはなく機械は正常に動作した。ただ、現在、メヒコは一日に下ろすことができるペソの金額に上限が課せられていて、確かこのときは1500ペソ(約10500円)が下ろせる上限だった。これからの日程と、このATM地獄を考えると、少しでも多く下ろしておきたかったが、上限では仕方ない。旅の道中であと2回くらいはATMで下ろさなくてはいけないだろう。でも、ひとまず今日のところは助かった。ようやく下ろすことができたお金をしまい、心がかなり軽くなった。

さて、ここまで来たら、やはりソカロ見学をしていこう。この日は日曜日だったので、ソカロ広場はいろいろな催しをやっていて非常ににぎやかだった。オアハカあたりの伝統的なダンスを踊っていたり、モダンダンスの舞踏やっていたり、広場の隅にしつらえられたステージには人だかりができていて、僕もしばしそのメヒコらしいダンスに見入っていた。時間はすでに16:00くらいになっていて、さすがにソカロに面する国立宮殿やテンプロ・マジョールに入るには遅すぎた(17:00閉館なので)ので、この日は広場周辺の催しを見たり、写真を撮ったりしてすごす。

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その後、再び先ほどのMadero通りを引き返していくと、先ほどのATMにはさっきよりも長い列が。やはりいくら何でもおかしい。何かの障害があったに違いない。しかし、そんな中で、何とか現金を引き出せたのはまあラッキーだろう。そんな思いで歩いて行くと、先ほど入ったSEARSの前の交差点近くに「Radio Shack」の看板を発見! その筋の人ならみんな知っているアメリカの有名デジタル機器のチェーン店ではないか! ここならデジカメは売っているだろうと思い、でもまあ高いんだろうなあとか思いつつ見てみると、意外に安い製品も売っている(1900ペソとか)ことがわかった。しかも日本のメーカー製。まあこういう安い製品は性能もそれなりなのはわかっているのだが、ここはないよりあったほうがいいでしょということで、もっとも安かったFUJIFILMのデジカメを買うことに。でも、ここの店員、英語はまったくダメなようで、買う際に何かを一生懸命言ってくれるのだが、僕にはそのスペイン語がわからない。メモリーカードは持っているのでいらないので、「Tengo SD card」とか言ってみたりしたのだけど、そういうことじゃないのかもしれない。まあ途中であきらめて、無事に買うことができた。もちろん支払いは先ほど断られたクレジットカードで。と、こちらではあっさり購入できた。つまり、カード側の問題ではない。やはり何らかの障害か、あるいはバスターミナルのシステムの問題か。

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その後、先ほどのアキバビルに潜入!アキバビルは、いわゆる小店舗がブースのようにしてひしめいている雑居ビルで、雰囲気的には秋葉原にあるラジオデパートとかに感じは似ている。一階はスマートフォンなどの携帯電話ショップがほとんど。二階、三階はアニメ、ゲームの専門店がひしめいており、日本のアニメや関連グッズなどが大量に売られていた。なかには、まだ日本で放映が終わってないアニメのDVDもあったりして、なんでこんなものがここに?と思ったりもしたが、それだけ世界の距離の壁はなくなってきているということなのだろう。もはや、メヒコの若者はほぼリアルタイムに日本のアニメに触れられるし、DVDも買える。DVDだけではなく、関連グッズ、たとえば抱き枕とかフィギュアとかそんなものもメヒコで買えるし、アキバ文化はほぼそのままここにも輸出されているという感じだ。DVDの中には、ジャンルとして「HENTAI」というのもあったりして苦笑もしたけど。ただ、この日は日曜日ということもあって、店の半分くらいが店を閉めており、お目当てのデジカメショップは見当たらなかった。仕方ないので、外に出て、ATMを見つけにソカロのほうに向かうことにする。

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無事お金も下ろすことができ、デジタルカメラも手に入れた。あとは先ほどのTAPOに行って、先ほどのリベンジだ。またメトロに乗り、San Lazaro駅へ。今度は間違わず近道でTAPOに出ることができた。再びADO goldのカウンターに行き、ベラクルス行きの明日8:00に出るバスを予約する。試しに先ほどのカードで支払おうとしてみたが、やはりダメ。でも今度は現金がある。なので、あっさり現金でバスのチケットをゲット! これで今日やるべきことはすべて終わった。一応このときチケットの内容も確認したはずなのだが、しかし後になってまたちょっとした問題が発覚する。

なんだかATMに関するトラブルに引っかき回されて、あちこちうろうろしているうちに、すでに時間は18:00頃。さすがに疲れたので、いったんホテルに帰り、シャワーを浴びる。そのまま少しうとうとしているうちに20:00頃になったので、夕食を食べに外に出る。この日も、昨日のタケリアでよかったのだが、ひとまずメキシコシティは今夜が最後だし、せっかくだからということで、近くにあったマリアッチを聞かせるレストランに行ってみることに。いわゆるガイドブックに載っているような観光客相手のお店であることは一目瞭然だったが、まあ近いし、いいかってことで。でも、店に入ると、お客さんはまばら。その割にウエイターの態度がどうも横柄な感じがする。僕が通されたテーブルのそばには、なぜか日本人観光客のツアーの皆さんが陣取っていて、何となくぎこちない空気の中ディナーを始めようとしている。あ、僕が苦手なパターンだ、これは。同じ日本人なんだけど、どうもツアーの人たちとはあまり関わりたくないというか。異国にいてもやっぱりそこだけそこはかとなく日本が漂っているからなんだろうな、きっと。

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で、僕は、サラダとステーキを注文した。ちょっと多いかなと思ったけど、まあせっかくなので。で、ビール(Modelo Negro)を頼んで一日の疲れをいやす。あーこのビールは美味いなー。とか思っていたら、ウェイターのおっさんが、やたらと注いでくる。やがてサラダが出てきたが、これが量が多い! 正直これだけでもよかった気がしたが、まあゆっくり食べることにしよう。と食べていたら、ウェイターが来て、もうステーキを持ってきていいか?とか聞く。おいおい、急かしすぎだろ。しかも、まだショーも始まってない。当然、もう少し後で、と答え、サラダをほおばる。そのうち、マリアッチのショーが始まった。でも、何となく思っていたのと違う。何だろうなー。いかにもって感じというか何というか。まあ演奏は上手いんだけど、客に媚びてるというか、無理にやってるというか。おまけに、ウェイターはやたらと食べるのを急かすし(しかも料理もたいして美味しくない)、隣の日本人ツアーは何となく雰囲気微妙だし、結局、結構高い料金払った割にはあんまり楽しめずに、そのレストランを後にした。こんなことなら、昨日のタケリアか、最初の夜のバルにでも行ってたほうがずっとよかった。

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まあそんな感じでホテルに帰ってきて、明日出る準備をしたりして、ふと先ほど買ったチケットを確かめたら、なんと!日付が違ってる!明日って言ったのに、明後日になっちゃってるよ! さすがにもう夜になってるので、交換に行くのもなんだし、それほど混んでいる雰囲気でもなかったので、まあ明日の朝行けばなんとかなるか。しかし、これまでのことがあるから何となく不安だなー。そんな思いを抱きながら床についたが、当然ながらうまく眠れるわけもない。結局、朝5:00くらいには目が覚めてしまい、待ってるのもしゃくなので、まだ暗い6:00くらいにはホテルをチェックアウトしてしまった。
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# by cama-d | 2012-06-25 00:33